シェリアを見つけるのに、然程時間はかからなかった。
「シェリア!!」
山小屋の前で多数の魔物、ストラタ兵に包囲されていた彼女の名を先輩が呼ぶ。

「貴様ら、何故ここが!?」
二人の兵士が細剣を抜き放ち、駆け寄る私たちへ向ける。その間にも猪や蟲の魔物はシェリアへとにじりよっていて、最早一刻の猶予もなかった。先輩が舌打ちし、腰に差した剣へと手を伸ばす。
そして私はアスベル先輩よりもソフィよりも早く大剣を抜き、全く同時に振り下ろされた二本の剣を受けとめる。成人男性ふたりの斬撃は重かったけれど、それだけだ。

「先輩、ソフィ、こいつらは私が!早くシェリアを!」
硬質な音を響かせ、二人の兵士を跳ね飛ばす。よろめいた彼らの脇をアスベル先輩とソフィがすり抜けた。魔物はかなり多く見えたけれど、あの二人なら殲滅できるだろう。
「ありがとうリドル、任せた!」
剣先で猪の突進を受け流した先輩の姿を視認したのち、既に身構えている兵士たちへ向き直る。初めの逆袈裟斬りを後ろに飛んで回避し、無防備な脇腹に打撃を打ち込む。
一人が吹き飛んで倒れ伏したのを見たもう一人がヤケになったように切りかかってきたが、刃の向きすらずれている。身を捻って側頭部を剣の峰で殴り、気絶させる。

難なく終了。拍子抜けなくらいだ。
息をついて倒れた二人へ背を向け、未だ交戦中のアスベル先輩、ソフィへ加勢しようと剣を引き摺る。そのあまりにも無防備だっただろう私の背中に、「リドル、危ない!」と聞き慣れた叫びが投げられた。

続いて、先程切り結んだ時と酷似した金属の音が響く。
振り返れば、倒れ伏したはずの兵士が上半身を起こしているのと、彼の持っていた剣が派手に回転しながら宙を舞っているのが見えた。
「……え?」
予想外すぎる光景に目を丸くする。
美しい放物線を描いたらしい剣が、遥か後方の地表に突き刺さる鈍い音を聞いてから、私はやっと今の状況を理解した。
投げたんだ。腹を殴打されて動けなかった兵士は、自分の剣を。
そして完全に意識の逸れた私の背へまっすぐ向かってきた剣は、飛び道具によって打ち落とされたんだろう。多分。

「いっやあ、危なかったね。リドル!」

街道の坂の上でにこにこと笑うパスカルと、輝術を使って兵士を沈黙させた教官。
目を瞬きながら彼らへ向き直り、眼前まで歩み寄ってくるのを黙って見守った。
「リドル、油断大敵だぞ。オレ達がこちらへ向かわなければ大事になっていた」
「は、…はい…」
「まあまあ、怒らないでよ教官。まさか剣投げてくるなんて思わないじゃん?ねぇ?」
両肩に長杖を担ぎ、左右にゆらゆらと揺れるパスカルと、複雑そうな面立ちで彼女を見つめる教官。フォローしてくれたパスカルには悪いと思ったが、完全に私の非であったので素直に頭を下げた。

「お手数おかけしました。パスカル、助けてくれてありがとう」
「いいっていいって!友達なんだからさ」

あくまでも明るく言い放った彼女は素早く身を翻し、長杖の先を私の後ろ…先輩たちが相手取っている多数の魔物、へ向けた。

「ソフィたちに負けてらんないでしょ?
 あたしたちの友情パワーで、サクッと片付けちゃおう!」

「…うん!援護はよろしく!」

二人で頷きあっている背後で、教官が「お前ら、完全にオレを忘れているな」と深い溜息をつくのが聞こえた。
まさか。忘れてなんかないですよ。曖昧な苦笑いでそう返せば、実に不満そうな顔で返されたので、パスカルが再び間に割って入ってくる。
そんなこんなで三人でやり取りしているうちに、向こうの戦闘は片が付いてしまったらしい。

痴話喧嘩のような温度で怒鳴りあう先輩とシェリアの声が聞こえ、傍らでなだめようと懸念するソフィの声が聞こえた。
その有様に漫才紛いの会話を交わしていた私たちも一瞬で静まり、無言で彼らへ走り寄った。ぼろぼろと涙を零しながら、七年ぶんの思いを存分に吐き出しているシェリアの姿が見える。
ふと不安げに私を見つめてきた彼女に微笑むと、頬を伝う涙の量が一気に増えた。
号泣する彼女と、黙ってその言葉を聞き続けるアスベル先輩。彼らの仲を完全に和解させるには、この状況は避けようがなかったと思う。

「いいねえ、幼馴染!」
微笑ましげに言うパスカルに教官と揃って同意すると、涙で赤く腫れた目を吊り上げて、シェリアがからかわないでと言い放つ。
「アスベルみたいな鈍感なやつ、どうだっていいんだからっ!」
半ば暴言とも呼べる台詞だったが、当の鈍感なアスベルさんは傷つくことなくむしろ噴出して笑い、シェリアはこうでないとな、と実に嬉しげに目を細めた。

「こ、こうって…な、…な…っ!」
「いいんじゃない?シェリア」
「肩の力を抜いてもいい頃だということだな」
「素直になっちゃいなよ。楽になるよ」

口々に言う私たちに顔を赤くして狼狽するシェリアの手を、ソフィがそっと包む。
「けんか、終わった?」無邪気に首を傾げる彼女の顔を、シェリアは黙って凝視する。呆気に取られたようにも見えるシェリアに対し、アスベル先輩は柔らかく微笑んだままだった。

「喧嘩…うん、終わった。な?シェリア」
「え?…ええ。終わったわ」
「じゃあ、友達?」

揃って頷いた彼らの手をソフィが取り直し、重ねさせる。「じゃあ、友情の誓い」アスベル先輩らが互いの目を見つめあい、軽く手を握る。それを確認したソフィはその場からそっと離れて、私の傍らへ寄り添った。
「…友情の、誓い…」
「うん。ほんとは木にみんなの名前を刻むんだけど、握手でもいいんだって」
「へえ〜面白そうだね!ねえソフィ、あたしとリドルと三人でやらない?」
「だから何故さっきからオレを省く?」
「教官は大人じゃん〜」
「パスカル、22でしょ。大人じゃん」
アスベル先輩とシェリアをそっちのけて再び話す。結果、教官が報告に戻ろうと言い出すまで十数分の時間を要してしまった。
…ラントでシェリアを案じてひとり待つヒューバートのことを、今思い出した。
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