アスベルやヒューバートが事後処理のために執務室へ消え、
シェリアは治療に駆け回り。治癒の術を持たない私たちは手持ち無沙汰となってしまった。
仕方ないので広場に集まってソフィの話を聞いていたのだが。

「す、すご…何、それ」
彼ら四人の関係、少しだけ戻ったというソフィの記憶。たどたどしい説明ではあったが、雰囲気というかざっくりとした流れは理解した。理解した上での感想が、それだった。

「しかし、ロマンのある話ではあるな」
「そうだね〜、アスベルたちの友情パワーってこと!?」
「友情パワー」

はしゃぐパスカルを、どこか輝く瞳で見つめるソフィ。私はにわかに信じがたい話だと思うし、非現実的だと思ってもいる。だけど彼女が嘘を言うはずはないし、何よりその話を信じないとラント幼馴染三人組の言い分や態度に納得がいかなくなってしまう。
……だから、まあ、事実…なんだろうけど。
「七年前死んだはずの女の子と、全く同じ状況で再会か…考えれば考えるほどすさまじいよ」
「ん?リドルは意外と現実的なんだねえ」
「現実的とか、そういうんじゃなくて」
「リドル…わたしの話、信じてくれないの?」
「!あ、いや…そうじゃない、そうじゃないの。ごめん、ソフィ」
向けられた二人分の訴えに、急いで首を振る。大丈夫、信じてる。それは嘘じゃない。私はソフィを信じている、これだけは絶対に揺るがない。

「信じてるよ。当たり前じゃない」
少し無理やりではあったけど、ソフィと目線を合わせて微笑む。私の内心が伝わったのか、彼女は嬉しそうに顔を綻ばせて私の首に腕を絡ませてきた。
「あああっ、リドルずるいぃ…!」
「パスカル、お前は邪な気持ちを持つから警戒されているんじゃないか?」
「ぶー。邪なんかじゃないよ、あたしは…」

戦いの後とは思えない朗らかな会話を交わしていると、前方より砂利を踏む音が聞こえた。確かな足取りで毅然と歩く、一人の青年…というかアスベル先輩。待ち人来たりだ。
先輩は待たせてすまないと形式上の謝罪を述べると、挨拶もそこそこに本題を切り出した。

「みんな、頼みがある。俺と一緒にストラタへ行ってもらえないか」

聞けば、総督であるヒューバートは本国から召喚命令が下されていて、すぐにでも本国へ戻らなければならないのだという。しかし現在のラントはかつてないほどの混乱に見舞われていて、彼がいなければ今後の指針もままならない。よってアスベル先輩はストラタの大統領の下へ赴き、召喚命令を撤回させるよう申請したい、のだとか。

先輩にとっては難しい決断だったことと思う。召喚命令を撤回させる、など自らが弟より劣っていると認めたようなものだ。今までのことはよく知らないが、先輩は確かに故郷を案じ、最善の道を歩ませようと努力しているのだと思う。
……だとしたら、私がすることは一つしかない。
もとより帰る場所なんかないしね。

「行く」
真っ先に返答したのはソフィだった。私から離れて先輩へ歩み寄り、傍らに立つ。やはり彼女は先輩のそばにいるのが一番しっくりくる。
「あたしも行くよ。ストラタには行ったことないから、興味あるし!」
「オレもだ。お前の力になると約束したからな」
「ここまで来たんです。とことん付き合いますよ、先輩」
口々に同行の意を見せた私たちに、先輩が嬉しそうに微笑んで頭を下げる。

そして頭を上げた先輩は表情を曇らせては、「シェリアは…いないのか?」と周囲を見回した。
私とパスカルが首を傾げる。…奇遇にも角度とタイミングが完全に一致してしまった。あわててソフィも同様に首を傾げる。べ、別にまねしなくていいのに。

しかし言われてみれば、シェリアの姿は見ていない。
教官と顔を見合わせていると、先輩の背後から「君たちが探しているのは、シェリアという娘かい?」と妙に嫌味ったらしい声が投げられた。
私たち全員の視線が、今ここに歩み寄ってきた青年に向けられる。
見覚えがある人だった。…確かあの時執務室に転がり込んできた人だ。多分だけど。

「彼女の身柄は私が預かっている。重要機密を盗み聞きされたので、その仕置きにね」

勝ち誇ったような卑劣な笑みを浮かべる彼に、真っ先に反応したのはソフィだった。
「シェリア、いじめる人…許さない」変わらず単調な口ぶりだが、その声音には確かに怒りが込められている。相手が交渉しようとしていると察した先輩が抑えていなければ、今にでも前方の青年に殴りかからん勢いだった。

「…要求は何?」
「話が早いですね。
 彼女の身の安全と引き換えに、ストラタ行きをやめていただきたいのです」
「!」
「それと、貴方の持つ信書を私に渡していただきましょうか」

親書とはヒューバートが兄に持たせた大統領宛のものらしい。先輩の横顔が悔しげに歪み、奥歯をかみ締めているのが見えた。…あまりに馬鹿げた交渉だ、人質がいなければ従うことなど決してなかっただろう。だけどシェリアの居場所がわからない以上、強硬手段に出るわけにもいかない。
「…教官、どうします?」
小声で背後の教官に声をかければ、彼は苦々しい顔で前方を見据えていた。
「全員で飛び掛って、指示を出さないうちに叩きのめすってのは…」
「却下だ。指示の方法もわからんし、万が一にも出されたら…」
「シェリアの命はない。ってことね」
珍しくパスカルの表情からも余裕が消えていた。軍人の青年が出す、急かすような威圧感に先輩が懐から信書を取り出す。そして軽く振りかぶり、前方へ…

「成程。あなたはそういう手で来ましたか」

その場にいる全員、私たちは勿論青年ですら驚いて飛びのいた。
仁王立ちするヒューバートは鋭い眼光で青年を射抜き、「シェリアは何処です?言いなさい」と怒気を露にした。本国に報告する、その言葉は彼を追い詰めるのに充分すぎたらしい。
「ぐッ…くそぉおっ!」
歯噛みした青年は懐より抜き身の短剣を取り出し、迷うことなく、自らの腹部に突き刺した。
流石のヒューバートもこれには予想外だったらしく、鮮血を散らしながら倒れこんだ青年へ駆け寄る。「レイモン、…早まった真似を!」深々と突き刺さった短剣を引き抜いては、自らの衣服を引き裂いて応急処置を施す。

あまりに早く流れた時間に、私たちは残らず取り残されてしまった。
呆然と立ち尽くす大の大人たちに焦れたのか、ヒューバートは早々にシェリアを探すようにと叫んだ。レイモンといった青年がこの有様では口を利けないだろう。結局自力で探す羽目になってしまった。

「パスカル、オレたちは北へ行くぞ」「ほいさっ!」
「じゃあ俺たちへ西へ。…行くぞソフィ、リドル!」
「うん」「はい」

一瞬にして散開し、戦闘の余韻が冷め始めた街を走り出す。
次から次へと災難続きだ。アスベル先輩、もしかして何かに憑かれているんじゃないだろうか。
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