市街地へ向かって、ひたすらに駆ける。
ソフィも抵抗を諦めたのか、俯いたまま無言で跡を追ってきていた。

「そういえば、シェリア。こんな時に言うのもなんだけど」
布に包まれたままの大剣で、ウィンドル兵の兜を殴打する。卒倒した兵士を道の端へと吹き飛ばしながら、傍らで黙り込んだままの彼女へ声をかけた。

「シェリアって、アスベル先輩と幼馴染なんでしょう?ちょっとよそよそしくない?」
「そ、そうかしら。…そう、よね…」

不意を突かれたのか、シェリアは再び俯いた。なにやら込み入った事情があるとは思っていたのだが、見た感じだと禍根と呼称したらちょっと重すぎるような気もする。強いていうなら、アレかな。意地?
「…アスベルね。七年前、勝手に家出して王都へ行ってしまったの」
寂しげに笑いながら、道に仰臥していた街人へ治癒術を施すシェリア。少しながら顔に血の気を取り戻していく彼に、改めてシェリアの力を思い知った。

「その七年間、ずっと連絡がなくてね。どこにも行かないって言ってくれたのにって、私…」
「拗ねてたの?」
濁すことなく実直に突き刺した私の言葉に、シェリアは弾かれたように顔をあげた。「違ッ…!!」咄嗟に反論しようとして、見開いた大きな瞳を揺らがす。「…わない、かも…しれない」一気に萎れた彼女に苦笑して、細い肩を抱いた。

「寂しかったんだよね。悪いことじゃないよ」
「…」
「好きなだけ意地張って、好きなだけ謝らせよう。そしてその後、シェリアも謝ってあげよう」
「謝る…私が、アスベルに…」
「先輩だって結構寂しそうだったしね。大丈夫、愚痴なら私が聞いてあげる」

わざとらしく笑って、悄然としたシェリアを立ち上がらせる。彼女はしばし思案するように俯いていたが、やがて涙を滲ませたまま微笑んだ。

「じゃあ、アスベルがいないところで。ゆっくり聞いてもらおうかしら」
「うん。…あー、あとさ。全然関係ないんだけど、一個聞いていい?」
「?」

シェリアが元気になったのは喜ばしいが、由々しき事態が発生した。
完璧に私の落ち度なので、懸命に目線を逸らしつつ、引き攣った笑みを浮かべる。

「ソフィ、どこ行ったか…知らない?」

忽然と姿を消していた、背後の少女。
冷や汗をたらして頭を掻く私に、保護者であるシェリアは怒気たっぷりに叫びをあげたのだった。
「もう!気付いてたなら早く言ってよっ、しんっじられない!!」
「あ痛ッ!もう、はたかないでよ!ごめんって!」
姦しく言い合いながら、街の南へ架かった橋へと差し掛かる。
そして前方のウィンドル兵へ剣を振り上げた瞬間。

凄まじい閃光と轟音が、ラントの街を襲った。

「キャッ…!」「わ、わ…っ何…!?」
それに伴って発生したらしい爆風に、全身を攫われかける。咄嗟に欄干へしがみついたものの、倒れ伏して意識のなかった者などは軽々と吹き飛んで、橋の下に流れる小川へと落ちていった。…然程高さはなかったから、怪我の危険などはないだろう。
爆風自体は数十秒で収まったものの、強すぎる光のせいで視界が真っ白になっている。
一刻も早く回復せんと座り込んだまま目元を擦ったが、ぼやけた視界を取り戻すのにもだいぶ時間を要してしまった。
「ね、ねえ…今の光、」
やっと周囲の地形が把握できる程度に回復した時、隣に座り込んでいたシェリアがまっすぐに立ち上がるのが見えた。

「領主邸のほうだわ…ソフィ…!」
「ちょっと、シェリア!?」

なんでそんなに回復早いの、あの人!?
呼び止める私の声が聞こえていたかは分からないが、とにかくシェリアは先程通った道を迷うことなく駆け抜けてしまっていた。
追おうにも、この覚束ない視界で走れるほど知った土地ではない。私はすぐに追跡を断念して、回復に専念しようと顔を伏せたのだった。

「あ、いた!リドル!」

暫くしてから聞こえた声に、頭を上げる。視力は既に本来のものへ戻っていた。
目元の赤いパスカルとマリク教官がこちらへ駆け寄ってくるのを視認してから立ち上がる。どうやら彼女らも光によって目が使えなくなっていたらしい。…やっぱりシェリアの回復速度が異常だった、んだろうか?
「二人とも、無事だったんだね。よかった」抱きついてきたパスカルの体躯を受け止めて、背中を軽く叩く。

「お前こそ、無事で何よりだ。…しかしなんだったんだろうな、今の光は…」
「シェリアは領主邸からだって言ってました。でも、」
パスカルに抱きつかれたまま会話を進めていたら、不意に彼女が頭をあげ、「あああ!」と絶叫する。耳元で叫ぶな。今度は聴力を潰す気か。

「ちょ、ちょっと教官、リドル!見てあれ!」
「!ウィンドル軍が、撤退していく…」

若干強引にパスカルを引き剥がして、示された方角を向く。確かにそこには、手負いの身を引き摺って王都へと引き上げていくウィンドル軍の姿があった。
「先輩たち、勝ったのかな。…陛下に…」
「とにかくあたしたちも戻ろうよ。シェリア、もう行っちゃったんでしょ?」
能天気にも左右に揺れながら提案するパスカルに、教官が頷く。
「見たところ、オレたちの手におえる負傷者もいないようだ。行くか」
「了解でーす」

三人で並んで領主邸への道を歩く。
辿りついた中庭は、戦闘の余波で著しく損傷していたが。その瓦礫の中に佇む四人は、不思議と満ち足りた表情をしていたのだった。
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