「予想外の来客ですね。面会の約束をした覚えはありませんが?」
水路を通ってラントの街へ潜入し、迷わず入った領主邸。
執務室と呼ばれる、邸内で最も豪奢であろう部屋には、アスベル先輩の弟ことヒューバート・オズウェルがいた。
ストラタへ養子へ出され、現在は軍の少佐にまで上り詰めたという彼は、容姿だけ見ると先輩とは似ても似つかない。言葉に含まれた棘のようなものが、まっすぐに先輩へと向けられていた。
「ヒューバート、話があって来た」
アスベル先輩は、弟の冷徹な対応には覚悟をしていたらしい。息を呑みながらも毅然に正面を見据え、用件を述べた。

ウィンドル国内の輝石流通が滞り、深刻な問題となっていること。
勧告を無条件に受け入れずとも、せめて交渉の席についてほしいこと。
若干へりくだりすぎな気もしたが、一度は締結された同盟の件があるから仕方ないのだろう。あくまでも低姿勢を持ってあたるアスベル先輩に、ヒューバートは小さく息を吐いて立ち上がった。

「…新国王陛下は、あなたを遣わせばぼくが耳を傾けるとでも思ったのでしょうか」
「違う。俺がここに来たのは、自分で志願したからだ」

呆れたような声音に慌てて反論するアスベル先輩だが、冷えたヒューバートの表情は変わらない。その笑顔には、嘲りすら込められていた。
「だとしたら、あなたの見通しは甘すぎますね」
交渉の余地はない、と少なくとも私は思った。横目でパスカルを見ると、彼女も意見を同じくしていたようで、肩を竦められてしまった。

さて、どうしたものか。
恐らく全員がそう思った時、屋敷の外より凄まじい音が轟くのを聞いた。
「な、何!?」「悲鳴…?」
"まるで戦場のような"音と声が交じり合っている。異常事態であることは即座に知れた。しかし行動する前に、執務室へ、一人の軍人が転がり込んできた。

「少佐!!緊急事態です、ウィンドル軍が攻め入ってきました!」

「なっ…なんだって!?」
驚愕したのは、ヒューバートだけではない。むしろ驚き具合でいえば、私たちのほうがよほど上だった。
先日見たばかりの、リチャード陛下の顔が脳裏に過ぎる。彼は一体、友人だと言っていたアスベル先輩らのことをなんだと思っているのだろうか?
「…とにかく、外、出ましょう。ここにいたら何もできない」
「ああ…」
弟に散々な罵声を吐き捨てられ、項垂れた先輩の背を押す。ソフィが彼の手を握り、導くように歩きはじめた。
広々とした瀟洒な屋敷内を駆け、玄関の扉を教官が押し開ける。ヒューバートが立ちすくむ中庭には硝煙の臭いが立ち込めていて、聞こえる悲鳴や叫びは一層強くなった。

逃げ惑う人々。襲い来るウィンドル軍に、応戦するストラタの兵。
彼らは完全なる奇襲になす術もなく、目の前にいる敵と剣を交えるので精一杯のようだった。
「ひどい…」
消え入るような声でシェリアが呟く。震えるその肩をパスカルと二人で支えていると、あまりにも優美で緩慢な足音が響き渡った。

「弟君を、説得できたかい?」
「リチャード…」

先輩が彼の名を呼ぶ。しかしリチャード陛下はアスベル先輩の絶望的な表情など眼中にないかのように美しく微笑み、「様子を見に来て正解だったみたいだね」と言い放った。
「リチャード、どうしてこんなことを?」
「何を言っているんだ、既に伝えてあったろう?ラントを攻めると」
会話が完全に噛み合っていない。
私はかつての先輩と陛下の間にあった会話は知らないが、これだけはわかる。
陛下は、先輩の意思などまるで聞いちゃいなかった。
聞く気がなかった。
聞く必要を、感じなかったから。

「僕に逆らうものは容赦しない」

爆風に髪を躍らせながら、陛下は口角を吊り上げた。
「思い知らせてあげないとね」
その笑顔に、慈愛や明朗さなど欠片もない。凄惨とすら言える有様に、誰もが息を呑んだ。

「…シェリア。みんなを連れて、街の人たちを安全な場所へ誘導してくれないか。
 俺が話しているうちに、早く…戦いが本格化してからは遅い」
「わかったわ」
「教官、リドル。…頼みます」
「任せておけ」
「勿論です」

私たちを庇うように立つ先輩から離れ、この場に残ると主張するソフィの肩を掴む。
「いや!離して、リドル!」小柄ながらも、暴れる彼女の力は強い。すかさず反対側をシェリアが掴み、パスカルと教官が先導して走り出した。

「アスベル!アスベルーっ!!」

剣を抜いた陛下と、アスベル先輩とヒューバートを残して走り出す。
血と煙の臭いは、一層強くなっていった。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -