「申し訳ありません、リチャード殿下」
大剣を部屋の隅へと放り投げてから、床に頭をつけんばかりの勢いで腰を折った。
屋外の雄叫びは止まない。
私が橋を降ろしたことで、グレルサイドの兵士達は徒党を組んでウォールブリッジ内部へ押し寄せてきたのだろう。そしてその私の行為は騎士団に対する明確な裏切りであるが、不思議なことに後悔はない。

無言で私を見下ろす殿下の、凍てつくような視線。
今すぐに斬り捨てん勢いの空気に、アスベル先輩が不安げに身じろぐのが見えた。
「弁解はいたしません。いかなる処分も、甘んじて受けます」
貴族である実家に迷惑をかけるのは忍びないが、この際は仕方ない。…正直、外で叫びながら交戦する中に私の実兄ないし実父が混じっている可能性もゼロではないのだが、それはまあ、現在関係ないだろう。

緊迫しきった室内を打ち破ったのは、殿下が沈黙の中で漏らした小さな笑い声であった。

「リドルさん。どうか頭を上げて欲しい」
「…!」
「君はアスベルの友人だそうだね。矛を交えることなく僕達を理解ってくれたこと、嬉しく思うよ」

暖かな温度こそないものの、紛れも無く許しの言葉だった。
前述の通り、この場で裁かれることも覚悟していた私は、予想外の恩恵に目頭が熱くなるのを感じる。「…ありがとう、ございます…」消え入るような声で呟き、より一層深く頭を下げる。

「ふええ、よかったぁ。リチャードが剣抜くんじゃないかってヒヤヒヤしたよ〜」
先ほど先輩を突き飛ばした女性が、明朗な声で空気を弛緩させる。
私が頭を上げると、正面に立っていたアスベル先輩と目があった。あからさまに安堵の色を浮かべた顔に苦笑する。

「行ってください。私はここに残りますから」
「え?一緒に行くんじゃないの?」
「駄目ですよ。殿下のお許しを得られたところで、私が無実になるわけじゃないですから」

セルディク大公の敗北、リチャード殿下の勝利を確信したような私の口ぶりに、先輩たちが困惑したのが分かった。勿論私だって未来が見えるわけじゃない。このままウォールブリッジが落とされたところで、大公が数段優勢であるのは揺ぎ無いわけだし、自分でも少し戸惑っているくらいだ。
だけど、なんとなく確信がある。

「リチャード殿下は、必ず勝利します。そんな気がするんです」

塔の外がにわかに騒がしくなってきたのを感じながら、激励の意を込めて微笑む。
「ありがとう。リドルさん」
「当然だ。リチャードが負けるわけがない」
「あたしたちもいるしね。応援してて」
「…だいじょうぶ。アスベルも、…リチャードも。わたしが守るから」
少女だけは少し複雑そうな顔色であったが、皆各々に余裕に満ちた返答だった。
私は右手を胸の上に乗せ、先程とは打って変わった恭しい動作で頭を下げる。

「御武運お祈りしております。…剣と風の導きを」

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