嫌な予感がするとは、言ったけれども。

「ここまでの事態になるとは思ってませんでしたよ。
 …貴方もそうじゃないですか?アスベル先輩」

床に突き刺した大剣を支えに、頬杖を突く。わざとらしく挑発的に微笑めば、前方に立つアスベル先輩は悲しげに柳眉を歪めた。
あーあ、もう。悲しいのはこっちだってんですよ。

場所はウォールブリッジ、最南塔。
グレルサイド側の橋を降ろすレバーがある、防衛上の重要拠点であり、此度の私が守護を命じられた場所である。案の定、斥候としてやってきたらしいアスベル先輩こと敵軍の皆さんは、四人もの少人数でお招きに預かってくれた。
…先輩を除く三人のうち一人に、とてつもなく見覚えがあるのは冗談であってほしいんだけど。

「…だれ?アスベルの友達?」
「…」

淡い藤色の長い髪を、高い位置で二つに結い上げた少女が、黙り込んだアスベル先輩を見上げる。
まるで彼女の声が聞こえていないかのように、真摯に私を見据える瞳。どこか諭すような色をはらんでいるが、ごめんなさい、私の今後が係った大切な任務なんですよ。

「初めまして、リチャード殿下。
 このような形で対面するご無礼、どうかお許しください」

「そこまで敬意を持たない言葉。初めて聞いたね」

沈黙を守っていた、金髪の青年ことリチャード殿下に軽薄な声をかける。
明確な敵意を以って返されたが仕方ない。現在の私はセルディク大公配下である騎士団に助力しているのだ。殿下だの王族以前に、目の前の四人は全員が"敵"である。

「リドル」

頬杖をついたまま胡乱な目で応対する私に、先輩の震えた声が投げられた。
この問答は何時まで続くのだろうか。正直なところ、私の実力では眼前の四人にとても勝てる気がしないので、適当な論争だけで時間を食いつぶせるのは好都合ではあるのだけれど。
もし戦闘となったら、どうしたものか。
私は目の前にいる彼を、魔物と同じように切り伏せることができるのだろうか。
「…なんですか?アスベル先輩」
内心の動揺をおくびにも出さず、平坦な声を出す。思いのほか冷徹すぎる声音が出てしまったので、少し驚いた。

「俺は、…お前とは戦いたくない」

「…」

「ここに辿りつくまでに、学校の奴と何度も戦った。
 命こそ奪ってはいないが、…俺にとっては、相応に苦しい戦いだった、でも」

必死に取り繕い、任務に徹しようと努める私とは全く違う。
なんの装飾も建前もない、先輩の真剣な言葉が突き刺さっていく。頭に。脳に。胸に。
知らずのうちに大剣の柄を握る指に力が篭って、ぎちりと音をたてた。


「それでも…リドルに向ける剣は、きっとそれより一番重たいものになると思うんだ」


私の無表情が歪んだのを、不思議なほど客観的に捉えた。
様々な思考が交じり合っていて気持ちが悪い。頭蓋が割れるように痛い。
憔悴しきった息を落としながら、前方から目を逸らす。…とっくに答えは出ているのに白々しいと、頭の一番冷えた部分で自嘲した。

「あーもう、アスベルったら、面倒くさいな〜」

硬直しかけた空気をぶち壊す、能天気な声。顔を上げれば、今の今まで黙っていた小柄な女性が、狼狽する先輩の背を私へ向けて突き飛ばしていたところだった。
よろめき、私の目の前で立ちすくむ先輩。唖然とする私たちに、彼女は構わず続きの声を紡いだ。

「戦いたくないなら、ちゃんと言わなきゃ。そこをどいてって、できれば一緒にいこうって、お願いすればいいんだよ」

無邪気すぎるその笑顔に、ますます呆然とした。
思わず剣から身を離して、先輩の顔を凝視してしまう。彼が気恥ずかしそうに目を逸らすと、次は藤色の髪の少女がアスベル先輩の腕をとった。

「友達なら、喧嘩しちゃだめなんだよ」

友達。なんてこの場に似つかわしくない言葉だろうか。
「ぷ…ッあはは、っあははははは!」
堰が切れたように高笑う私に、四つの目が突き刺さる。ああもう、馬鹿みたいっていうか馬鹿だ私は。何が任務だ。何が大公だ。どうせ国を治めるのなら、眼前にいるカッコイイ金髪のお兄さんのほうがずっといいに決まっているじゃないか。

「ああもう、わかりました。ごめんなさい先輩、私が馬鹿でした」

涙の滲んだ顔で笑い、後方に鎮座するレバーへと振り返る。
握った鉄の棒は、硬く重い。だけど、それがなんだと言うのだ。アスベル先輩へ向けて振り下ろす剣に比べれば、羽毛の如き軽さではないのだろうか。
ガゴン、と狭い部屋じゅうに音が響く。
程なくして聞こえて来た群衆の雄叫びに、私はこの場で最後の溜息を落とした。


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