重苦しい空気のまま会話を終え、アスベル先輩はシェリアさんに伴われて早々にバロニアを発ってしまった。見送りもせず教官室に留まった私とマリク教官は、シェリアさんより手渡された親書を眺め、深く溜息をつく。
「ラントの件、十中八九伝わってないでしょうねえ。上に」
「…だろうな」
領主が戦死するほどの事態である。
直接の報告こそなかったにしろ、風の噂程度にも紛争の件は王都まで届いていた可能性が高い。もしやその噂に、一縷の希望をかけた領民もいたのではないかと思う。…先輩が気付かなかった、彼の母君からの救援のように。

「ウィンドル国特有の問題もありますけど、ラントって場所がよろしくないですよね。
 騎士団を仕向けたりしたら、隣国たちにどんな勘違いされるか分かったもんじゃないですし」

教官に続き、丁寧な文面で綴られた親書に目を通す。
そしてケリー・ラント、と差出人の名前までしっかりと読んだところでふと思った。一介の学生風情が読んでいい国への親書なぞ、この世に存在するのだろうかと。
「詳しいな」
人知れず冷や汗を流した私に、マリク教官のどこかからかうような、意地悪い目が向けられた。

「流石はヘスティア家のご令嬢といったところか。ただ頭が弱いわけではないんだな」
「教官は私を馬鹿にしすぎです。…こんなの、一般常識でしょう」

頭が弱いとの暴言より、ご令嬢呼ばわりにむっとした。
ヘスティアの家を飛び出して五年が経つ。それこそアスベル先輩ではないが、家出である。
だけど私は彼とは違って所在も知らせているし、年間一、二回とはいえ手紙のやりとりもしている。更に先輩とは違って、跡継ぎ云々の話題は私とは無縁であるからして。

「…そういえば、なんだか学校内が騒がしいですよね」

無理やり話題を転換し、窓の外に目を向ける。早くも日が落ちてきた頃合ではあるが、甲冑姿の騎士たちが忙しなく学校内を駆け巡っていた。
教官は苦い顔ののちに頷き、「最近、王家がたてこんでいるらしい」と言う。
私が首を傾げると、教官は立ち上がって入り口へ向けて歩を進めた。

「セルディク大公とリチャード殿下の件らしい。
 前皇帝が臥してからというもの、城内はその話題でもちきりだ」
「…はあ」

前皇帝の息子たるリチャード殿下。そして、前皇帝の弟君であるセルディク大公。
二方とも遠目にしか拝見したことはないが、なんていうか…纏う雰囲気やらなにやらが、面白いほどに真逆な印象を受けた。更に大公は以前、皇帝に対する暗殺を謀ったなどという噂も流れている。城内はまさに均衡状態なのだろう。
「なんか、面倒なことになってるなあ」
ぼそりと呟いた私に、教官が軽く噴き出すように笑った。

「全く以って、同感だ」

親書を手に、私を残して部屋を出てしまった教官。
夕闇の覗いた空と、分厚く翳る雲を眺めながら、何度目かも知れない溜息をつく。
「嫌な予感がするな」
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