私はなにも、知らなかった。

…違うかな。私はなにも知ろうとしなかった。
高校で理由なく"苦手な人"がいるのも当然だと思っていて、半ば諦観していたのもある。
そのせいで、なにも見ようとしなかった。
私があの子を嫌わずに、ただ苦手なだけだという事実に。その理由に。

「ごめんね。突然呼び出したりして」

一月の空気は冷たく、刺すように痛い。
今年は昨年以上に寒いとテレビやらは騒いでいるけれど、きっと寒いのは気候だけの問題じゃない。
みんな怖がってる。そう評したのは、確かアイギスだったと思う。
「いいよ。話があるんでしょ?」
真冬にも拘わらず、屋上への呼び出しに応じてくれた御倉 暦は、単調な声で答えてから無理やりに微笑もうと口元を歪ませた。

「…あのさ、御倉さん。とりあえず私、あなたに謝りたい」
「…?」

唐突すぎる言葉に、あからさまに不審がる御倉さんに、微笑む。
彼女とは違う。無理やりな笑いなんかじゃなくて、正真正銘の笑顔。
面食らっている御倉さんを見て、ああ彼女は本当に私が苦手なんだなと思い知った。…なんだか、可笑しい。

「あのね。私、あなたのこと…御倉さんのこと」
「岳羽さん」

今までになく強い語気で、私の言葉を遮った御倉さん。今度は私が面食らう番だった。
うつむいていた顔を上げて、彼女の黒い目をまっすぐに見据える。笑みこそないものの、穏やかで柔らかい表情だった。
御倉さんもまた、私をまっすぐに見て、ゆっくりと唇を動かした。
「場所、移動してもいいかな」



長鳴神社。
ほんの数日前、初詣に訪れた場所ではあるんだけど、あの時とは空気が一変している。
そこらじゅうにある『NYX』の張り紙。落書き。影人間の姿も、ずっと増えていた。
無意識に目線が泳ぐ私を先導し、御倉さんは荒れた境内を凛然と歩む。
そして公園横のベンチの端に腰掛けては、二人ぶんの空席を私に勧めた。

「なんとなく。岳羽さんが話したいこと、わかるよ」
私に沈黙を与える間も空けず、淡々と独白のように呟く御倉さん。

「…毎年。一度だけ帰って来る両親と、この神社にお祭りに来るのが楽しみだったんだ」

両親。
彼女の口から出たその言葉に、美鶴先輩の声を思い出す。
私のお父さんは悪くない。でもあの実験に携わっていたのは事実だし、御倉さんが真実を知っているわけもない。
彼女の中で、私は、両親を殺した男の娘なんだ。

数ヶ月前、美鶴先輩の告白を盗み聞きしてしまった時からずっと御倉 暦に感じていた負い目のようなものが、一気に膨れ上がったのを感じた。

「あのさ、意外に思うかもしれないけど。私、岳羽詠一郎さんのこと、恨んでないよ」
「…え?」
「言ったでしょ、『毎年"一度だけ"帰って来る』って。
 私と私の両親はそんな関係だったんだ。喪失感こそあれど、それ以上のものはない」

嘲るような笑いかたをしながら、分厚い雲に覆われた空を見上げる御倉さん。

「だからお願い、謝らないで。
 今の世界は、ちょっとだけ怖いけど…それでも私、幸せだから」

雲が割れて、一条の光が差し込む。
薄くて、細くはあるけれど、確かに明るい光だった。
御倉さんは風に流れる雲を見上げながら、仮面のようだった顔に柔らかな笑みを浮かべる。

今までに見たことの無いくらい、歳相応の女の子の顔に、ふと目頭が熱くなった。
…ああもう私、何やってるんだろう。一人で空回って、バカみたいだ。

「っ…あ、あの、さ!…暦!」

空回りついでに、いけるとこまで行こうと思う。
そう思って口に出した名前に、彼女は顔色ひとつ変えずに私に向き直った。

「何?ゆかり」

…次に口に出した言葉は、覚えていない。
ただわかっているのは、数週後に負けられない理由がひとつ増えたことと。
そして、私の友達がひとり増えたってこと、だけだった。
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