「それで、その後の彼女はどうなんだ?様子は」

十月下旬。
中間試験を終え、荒垣の件からも大分向き直り始めた様子の面々は、つかぬ間の休息に身をゆだねつつも、控えた最後の決戦に緊張しているようだった。

試験勉強から開放された、最初の日曜日。
寮生たちは手持ち無沙汰にラウンジへ集まっては、他愛無い雑談に花を咲かせていた。
読書をしていた私から話題を振られた有里は携帯ゲームから顔を上げ、ああ、と不意をつかれたような顔で呟いた。

「時々メールはしてますけど、大丈夫みたいです」
「ああ、影時間のことか」

有里と同様、携帯ゲームに熱中していた伊織が口を挟む。
「でも一回でも見たっつーんだから、安心はできないっすよね」
「それは当然だ」
伊織の言葉に頷き、話題の渦中にいる人物、御倉 暦の顔を思い浮かべる。

彼女が影時間を体験したという報告が入ったのは、一ヶ月ほど前のことだ。
それから私は桐条の力も借り、御倉 暦という人物を徹底的に調べ上げたのだが、その際、少しだけ気になることが発覚した。

「…あ、あの。ちょっといいですか?」

思案している途中、ソファの背後から山岸が声をかけてきた。
外出するらしく、身支度を終えた彼女は遠慮がちに微笑んで、「暦ちゃんの話ですよね」と私たちの話題へ切り込む。

「私、今から暦ちゃんと出かけるんです。
 影時間のこととか、よかったら訊いておきますよ」

「…!そうか、それは助かる。頼んでもいいか?」

願ってもない申し出に応えると、山岸は柔らかく笑って快諾した。
待ち合わせの時間に遅れてしまうと足早に去っていった彼女の背中を見送ったのち、再び有里や伊織の方向へと向き直る。

「…御倉は寮生だったな」
「はい。両親が早くに亡くなったって言ってました」
コーヒーを啜りながら有里が答え、詳しくは聞いてませんけど、と続ける。
実のところ、本人に詳細を聞く必要はない。
桐条の家で彼女を調べたと前述したが、その一貫で既に調べはついているからだ。

軽く周囲を見渡して、居るのが伊織と有里の二人であることを確認する。
明彦や天田はともかく、岳羽の姿はない。話すのなら今だろう。

「その件だが、既に調べてある。
 …御倉 暦の両親は、桐条グループの研究員だったんだ」

伊織と有里が息を呑み、目を見開く。
想定内の反応ではあったが、想定内だっただけに苦い思いになる。
言わなければよかったかもしれない。一瞬だけ過ぎった、くだらない後悔に歯噛みした。
…思えば私は、後悔してばかりだ。

「じ、じゃあ…暦の父ちゃんと母ちゃんは、十年前の…」
「ああ。例の爆発事故で亡くなっている」

淡々と事実のみを述べる口に、最早自嘲することもしない。
後輩二人も私のその態度に慣れてしまったようで、噛み付くような反応はしなかった。
「岳羽は、知ってるんですか?」
有里が小さな声で問いかける。私が無言のままに首を振って応えれば、有里は寂しげに微笑のようなものを浮かべて、「それがいいと思います」と呟く。

「ゆかりっちと暦、お互いにお互いのこと苦手っつってんだよなあ」

独白のように呟いて、伊織が完全に背中をソファに預ける。
ぎしりと軋んだソファに有里が身じろぐが、「理由があったんだな」と気にせず続ける伊織。
言葉端が引っかかった私が首を傾げると、伊織は天井をぼんやりと見つめたまま口元を歪ませる。彼の脳裏に浮かんでいるのが岳羽と御倉、どちらの姿なのかは当然わからないが。

「多分、似たもの同士なんじゃないっすかね。あの二人」

「…そうなのか?」

「や、そんな深刻そうな顔しないで下さいよ!ちょっと思っただけっすから!」

慌てて取り繕う伊織に、失笑する有里。
つい先日までは試験結果でどん底まで落ち込んでいた伊織だが、彼の人を見る目は確かだ。少なくとも、私よりは遥かに勝っている。…彼が言うのだから、きっとそうなのだろう。

「謙遜することはないさ。あの二人が似ているなど、私には考えもできなかった」
「…先輩」
「さて。私はそろそろ部屋に戻るよ」

私の言葉で、空気を悪くしてしまった。
宗家へのレポートもあることだしと早々に話を切り上げて、ソファから腰を上げる。
残された後輩たちの視線を感じつつも黙殺して階段へ歩み寄ると、ふと、ラウンジからは死角となる物陰にひとりぶんの人影を視認した。

「…岳羽」
沈んだ顔立ち。立ち尽くす彼女は、黙り込んだまま床を見つめている。

私の声に、緩慢に顔を上げる岳羽ゆかり。
彼女は一瞬だけ泣きそうな顔で私を見つめたが、すぐに身を翻しては、自室へと駆け戻ってしまった。

岳羽が去っていった方向を眺めながら、目を伏せる。
御倉 暦。彼女がもし、この寮に入って私たちと共に戦ってくれたなら。
岳羽が父親に感じている負い目のようなものを、雪いでやることはできないのだろうか。

「…いや。無駄な思案だな」
頭を振って、階段へ足を踏み入れる。
これ以上誰かを巻き込む道理などない。どの道あと数週間で、十二体目のシャドウと戦うことになるのだから。

そうしたらきっと。
あの忌まわしい"事故"に関与した人物すべての葛藤が癒えることと信じて。
信じたまま、私たちは、あの運命の日を迎えることとなった。
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