「すげー大量のCDだな。何枚買ったんだ?」
「今日は八枚」

カラオケ・マンドラゴラで友近と現地解散した俺と、偶然鉢合わせたリーダーこと有里湊。
行き先は同じ巌徒台分寮ってのもあって、自然と二人並んでポートアイランド駅へ向かう。…思えば、こいつと二人で帰宅するってのは春以来かもしれない。

八枚買ったというCDの話を深く聞けば聞くほど、湊の変っぷりを思い知らされることになった。
ポップスはいい。普通だ。しかし演歌にクラシック、アニソンから落語までと言われては反論できない。一度こいつの首にかかっているプレーヤーを詳しく見てやりたいもんだ。

「…ん」

音楽の話から多少下品な話題に変わったあたりで、ふいに湊が立ち止まる。
あれ、と単調な声で湊が指差したのは、ポートアイランド駅前のベンチ。少し前までチドリがよく座っていたベンチのすぐ隣だ。
不思議と空席になっていることが多かったその場所には、見覚えのある女子が凛然とした風体で座り、眠そうな顔で道往く人間を見つめていた。

「暦っちじゃん」
「…どうしたのかな。なんか、ぼーっとしてるけど」
「お前にだけは言われたくねーと思うぞ」

ぼんやり代表有里湊に乾いた笑いを向けてから、視線を戻す。
御倉 暦の目は俺たちの方角を向いている。だけどそれは"方角を向いている"だけであって、俺たちを見ているわけじゃない。

それでも忙しなく歩く人々の中で棒立ちしている二人組は、呆然としていた暦の目にも止まったらしい。
我に帰ったかのように身体を揺らして、「いおり」と滑舌の危うい声で俺を呼んだ。やっぱりかなり眠そうである。

「よ、暦っち。何ぼんやりしてんの?」
「…え、私、ぼんやりしてた?」

眠気の残った顔で立ち上がり、涙の滲んでいる目元を拭う暦。
その顔色は素人目にもわかるほどに青白くて、ただ立っているだけにも関わらず、どこかふらついているようにも見える。

「具合が悪いんじゃないの?」
湊も同じように思ったらしく、心配そうな顔で暦の顔を覗き込んだ。
途端、面食らったように目を瞬く暦。少し照れたような表情に、ものすごく負けた気分になった。
えーえーいいよ、わかってんよ。なんてったってあのゆかりっちをも落としかけてる男だもんよ。もう慣れちまったよ。

「大丈夫。昨日、ちょっと寝れなかっただけだから」

いつも通りの様子へ戻った暦が微笑を浮かべる。
去年のクラスメートである俺も見たことのない表情だった。風花からよく笑うようになったと聞いてはいたものの、正面から見るとちょっとだけ戸惑ってしまう。


長鳴神社へ向かうという暦と、湊と三人でモノレールに乗り込む。
数分もすれば巌徒台駅へと到着して、すっかり見慣れた商店街を三人で並んで歩いた。


「そういえば寝れなかったって言ってたけど、どうして?」
暦とは波長が合ったらしい湊が、楽しげに笑いながら(とは言ってもベースは無表情なんだけど)語りかける。
そしてリーダー同様楽しげな暦が返事をする。「変な夢を見た」と。

「なんだそりゃ。ゾンビの映画でも見ちまったのか?」
「ゾンビの映画は好きだけど、昨夜は見てない。
 …なんか、そういう系統じゃなくて…気味悪い系の悪夢、っていうのかなあ」

暦がゾンビの映画が好きとは初耳だ。
内心驚く俺をよそに、暦は指先を顎にあてて思案する。どうやら『夢』を思い出しているらしい。

「緑の夜」

…おい待て、ちょっと待て。嫌な予感がする。

「月が、途方も無いくらい大きくて。絡みつくような空気で、緑色の空で、」

淡々と、抽象的すぎる夢のイメージをあげていく暦。
普通の人間なら、不思議な夢だねとか変わった夢だねとか言うこともできたんだろうけど、俺たちは違う。俺たちだけは違う。

「…おい、湊」
暦に聞き取れないような囁きで、隣のリーダーに声をかける。
小さく頷いた湊は、「先輩に報告して、様子を見たほうがいいね」と囁いた。

「伊織?何か言った?」
「あ、い、いやいや!俺っち、な〜んも言ってないぜ!」
あからさまに誤魔化す俺に、暦は不満そうな声音で「ふぅん」と応え、視線を逸らされてしまった。

「あのさ、御倉さん。その夢の話、もっと聞きたいんだけど」

機嫌を損ねさせてしまった俺に代わり、湊が話題を戻す。
何気なく流された話題を戻されたことに戸惑ったらしい暦が、先ほどとは別の意味で表情を曇らせた。

「あんまり覚えてないから、難しいかも」
「うん。…じゃあ、また見た時でいいからさ。だめ?」

寂しげに笑い、小首をかしげる湊。その手には携帯が握られている。
目を見開き、面食らう暦。
もういい加減にしろって感じだ。お前が女子に対してめちゃめちゃ強ぇのは分かったよ。だから学内の美人たちを軒並み有里ファンにしちまうのはやめてくれ。

「…いつになるか、わからないけど」
勢いに押されながらも、少しだけ嬉しそうに微笑みながら自らの携帯を取り出す暦。
二人が赤外線を用いて情報を交換しているのを、若干呆れつつ見守る。

ぱちん。有里が携帯を閉じた。
「伊織」
しかし暦は携帯を閉じることをせず、不思議そうに俺を見上げている。

「…折角だから、交換、しとく?」

無意識なんだろうけど、そのときの御倉 暦の様子は先ほどの有里 湊の様子と恐ろしいほどに酷似していた。
お前ら、やっぱり似てるよ。天然どもめ。

苦笑した俺は携帯を取り出して、目の前にある別の携帯へと突きつける。
『御倉 暦』。去年まるごと使ってもまともに喋らなかった女子の連絡先を、ほんの一時間で入手させるとは。

まったくもって、俺たちのリーダーは、末恐ろしい。
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