長鳴神社でよく見る人がいる。
僕がお参りを済ませて帰る時にやってくる人で、ほとんど毎日顔を見る。
黒い髪と白い肌が特徴の女の人で、月光館学園の生徒。
あの制服は初等部から高等部まで同じデザインなのだけど、なんとなく、ゆかりさんや順平さんと同じ学年だろうなと思い込んでいる。
あの人、どうして毎日来るんだろう。
毎日来ている僕が言うのもなんだけれど、この神社は結構寂れている。
境内へ至るまでの石階段が長いせいで世間話の舞台になることもないし、特別ご利益があるなんて噂も聞かない。
時折暇を持て余した子供や老人が来るだけだ。
多分、確固たる目的があってお参りするのなんて僕とあの人と、…あと、例外的にリーダーくらいしかいないだろう。
…なんて、あの人の目的どころか、名前も知らないんだけど。
「…………」
僕の隣で目を閉じ、黙って両手を合わせる"女の人"。
お参りの時間が被るのなんて初めてだったから、なんだか無意味にどきどきしてしまう。
声、かけたほうがいいんだろうか。
「ねえ」
「!」
悶々としていると、横から声をかけられた。誰からなんて、考えるまでもない。
弾かれたように見上げれば、いつもはすれ違うだけだった黒い瞳がまっすぐに僕を見つめていた。
「君、いつもお参りしてるよね。願掛けでもしてるの?」
「あ、あの…僕は、…」
思いがけない展開に息を詰まらせてしまう。
あからさまに狼狽する僕に、女の人のほうも困ってしまったようで、少し寂しそうな顔になった。
「ごめんね。言いたくないならいいんだけど」
「そ、そうじゃないです!」
慌てて否定し、改めて目の前の人に向き直る。
「…合ってます。願掛けしてるんです、僕」
何を、とは流石に言えないけれど。
咄嗟に返した曖昧な返答ではあったけど、この人も根掘り葉掘り訊くつもりはなかったらしい。
そうなんだ、と呟いてから奥の見えない賽銭箱を見つめ、私はね、と言葉を続ける。
「目的なんてないの。ただ、祈りたいだけ」
「…祈る?」
「うん。…ほら、なんか神社って天国にここらで一番近い感じがするじゃない?」
どこか自嘲ぎみな微笑みでそう言って、その人は賽銭箱から離れる。
なんとなく彼女の後について行くと、境内をふらふらと歩むその人は、ふいにおみくじの前で立ち止まった。
「あ、ねえ。一回引いてみない?奢るから」
「え?構いませんけど、いいですよ。僕は自分のぶん払いますから」
「二人ぶんだから、200円ね」
「聞いてください話を」
妙にはしゃいだ様子で木箱に小銭を投入する女の人。チャリンチャリンと涼しげな音が響く。
別の木箱から木の棒を引き抜いた彼女に続き、仕方ないので続いて僕も箱へと手を突っ込んだ。
底へ大量に溜まっている棒たちから、適当に一本を引き抜く。…四番だった。
「私、末吉だった」
「微妙ですね」
早々に結果を取ったらしい彼女に微笑み、僕も大量に並ぶ引き出しから四番を探す。
中に収められた、小さな白い紙。広げると、黒い太字ででかでかと『末吉』の字が見えた。
「僕も末吉でした」
「あはは。お揃いだね」
笑う彼女から目を離し、紙面に目線を滑らせる。
健康、問題なし。恋愛…は、別にいいや。それどころじゃないし。
重要なのは。
「どうだった?」
「わっ!…だ、駄目ですよ覗いちゃ!」
いつの間にか背後から覗き込んでいた女の人に、思わず飛びのく。
少し呆気にとられたような顔をされたものの、気分を害している様子はなかった。むしろ、楽しそうだ。
「あの」
どこか物憂げな笑顔のまま、おみくじの紙をみくじ掛に結ぶ彼女の横顔に声をかける。
向けられた黒い目は、他のどこかで見たことがあるような気がした。
「僕、天田っていいます。天田乾」
「…ケンくん、か。私は」
御倉 暦。
初めて聞く、"祈り"のお姉さんの名前。
不思議とその名前は滑らかに僕の中へとすべりこんで、すとん、と頭の奥に落とされた。
その後他愛無い話をして過ごして、帰り際に彼女は言った。
『願い事、かなうといいね』と。
「…覗いちゃだめだって、言ったじゃないですか」
願望、叶わず。辛抱せよ。
一番良い結果であってほしかった項目の、嫌な結果。
…それでも、あの人に応援してもらえたのならば。末吉が小吉になった程度には、ご利益があるんじゃないかと思えた。