「ユノ」

イオンの自室に書類を残し、聖堂に差し掛かった時。
か細く可憐な声音が私を呼び止めました。
従って振り返ると、焦燥と歓喜に頬を紅潮させた少女が駆け寄ってきています。

「なんです?アリエッタ」
「あの、えっと。ユノ、イオン様の部屋…行ってきたんだよね?」

両手を胸の前で握り合わせ、俯きがちに尋ねてくるアリエッタ。
またイオン様か、よく飽きないなと内心悪態をつきつつ、肯定の意を示します。
すると彼女は言いにくそうにもじもじとし、指先を玩び始めました。
…面倒臭い子です。相変わらず。

彼女は今期からの導師守護役で、私の後輩にあたります。
経歴だけでいえばアリエッタは新人のぺーぺーもいいところですが、
導師イオン本人との出会いは私よりもずっと昔のことだそうです。

アリエッタが獣によって育てられたというのは騎士団内では周知となっており、
それを保護、教育したのがヴァン謡将だという話もまた然り。
しかし、謡将に並んで導師が携わったというのは、意外にも知られていないようです。

どうでもいい話終了。
要するにアリエッタはイオンに陶酔していて、依存していて。
当のイオンは彼女をお気に入りとしながらも、
あのどす黒い本性を頑なにひた隠しにしている。

付き合わされる私としては、本当に面倒なことこの上ない関係です。

「アリエッタ。尋ねたいことがあるのなら、彼は自室にいらっしゃいますよ」
「ち…違うの!ユノに聞きたいの」
「私に?」

アリエッタは再び俯きますが、今回はそう悩む時間を取りませんでした。
意を決したように顔を上げ、舌足らずな声で。

「ユノは、お祭り楽しみ…ですかっ?」
「はぁ?」

想定していた問いから大きく逸脱した、文字通り的外れの問い。
思わずさも不快そうな声が出ましたが、無理のないことだと思って下さい。
アリエッタも大して気に留めなかった様子ですから。

「アリエッタ、お祭り初めてだから。
 ユノと、イオン様と…一緒に遊んだり、したいなって」

眉尻を下げ、今にも泣きそうなほど真摯な瞳。
人見知り代表と呼べる彼女が、
私の目を見て自己主張をするのは、相当の勇気が必要だったでしょう。
あー、でも。
申し訳ないんですが、これもまた、的外れです。

「…アリエッタ」

流石の私も言葉を詰まらせ、言葉を選びます。
文字通り、夢を語る子供に現実を突きつける行為です。
そんなのは夢だ、ありえないぞと。
身の程を弁えろと。

「大変残念ですが。…聖誕祭の日、私たちは終日お仕事ですよ」

ぴしりと固まるアリエッタ。
泣いたらどうしよう、と柄にもなく冷や汗が流れました。

アリエッタをいじめたのがイオンにバレたら、腕の一本は危ないかもしれません。




 


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