いけないんです


交代で見張りをたてて就寝するのは、野宿の基本です。

浅い眠りについていた私が肩を叩かれて目を覚ました時、
見張りの担当はティアがしているようでした。

彼女は私たちを、不思議そうに見つめていました。

「…すみません。起こしてしまって」

私を起こしたのは、ティアではありません。
申し訳なさそうに眉尻を下げた導師が、私の隣に座りました。

「お話しても、いいですか?」
「どうぞ。私に拒否権はございません」

ティアには聞こえないくらいの小声で、会話を交わします。
無意識にとても素っ気無い返事をしたせいか、導師は再び瞳を伏せました。

「貴女は、知っていますね。僕のことを」

断定的な、質問でした。
これこそ拒否権がありません。知らないと答えることが、できません。
「ええ。知っていますよ」
これは導師という人物に対しての質問じゃない。
彼が、何者なのか。
私が知っていることを知っているからこそ、彼は私を避けていたのでしょう。

「ごめんなさい」

…だから。何故謝るんでしょうか。

「不快ですよね。"イオン"を知る貴女にとって、僕は」
「…何を言うんですか。導師」

そんなことはありません。そう言おうと思っていました。
しかし、導師が私の両手を掴んだために、言えませんでした。

「僕は、模造品です。本物を知る貴女は、傷ついているんでしょう」
「……は?」
「貴女が僕を『導師』と呼ぶ時、とても辛そうな顔をしているんですよ」

なにを。言っているんでしょうか。
確かに、私は彼を『イオン』と呼んだことはありません。
これは意図的なものですし、指摘されても驚きませんけれど…
導師と呼ぶだけで…私が、そんなに動揺していると、言っているの…?

「だから」

私の手を包む手のひらに、力が入りました。
心なしか、顔も近くなります。珍しく感情が高ぶっている様子でした。

「だから、僕にあだ名をつけてください」

なにを、言っているんですか。この子は。
私の今までの感情や動揺が全て吹っ飛んでしまいました。
漫画だったら、私の目は点になっているでしょう。

「導師ともイオンとも違うあだ名を、つけてください。
 そうですね、なんでもいいです。豚でも下衆でも構いません」

構ってくださいよ!?
教団の最高責任者を豚呼ばわりするなんて前代未聞にもほどがあります!
私の首が細切れにされてしまいますよ!

「そして、僕も貴女にあだ名をつけます。なんでもいいですよ!
 ご主人様でもお嬢様でも、リーランド様でも構いません!」

だから構ってくださいよ!
教団の最高責任者にご主人様呼ばわりされるのも前代未聞です!
私の首がブウサギの餌にされてしまいますよ!

気付けば。
私は、笑っていました。
目の前にいる少年に対して。笑っていました。

ええ。彼は、"彼"とは違いますね。
同一視して動揺するなんて、私らしくありません。
じゃあ、今から。今この瞬間から、私は彼とよろしくしましょうか。

「よろしくお願いします。イオンくん」
「はい、よろしくお願いします。ユノちゃん」

イオンくんは、導師イオンとは、全くの別人です。


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