二度目の


ルークが死んでほしくないと、心から思っている。

レムの塔で、私はアッシュに表明しました。
自分にだって情はあると。目の前で知人が死ぬのを、どうでもいいと吐き捨てられないと。
…それって、アッシュが死ぬ前だからこそ言えたことなんですよね。
もしも、手遅れだったら。

イオンくんのように死ぬ直前だったら。
アリエッタのように、既に死んでしまった後だったら。
…かつての導師イオンのように、遺体すら見れない状態だったら。

そうなっていたらきっと…私は、アッシュの生を過去のものとして受け入れて、悼むことすらしなかったのでしょう。
「………気持ち、悪い」
自分が欠落していく。あまりに明確に感じるその感覚に、吐き気すら覚えた。


*


「ローレライの解放はお前がやれ!この場は…俺がやる!」

紫色に淀んだレムの塔の頂上で、ルークが叫びます。
悲鳴じみたその声に、アッシュが激昂で顔を歪ませては、「そんなに死にたいのか」と怒号を発しました。

目の前で繰り広げられる、死を争った口論。
その全てを無言で見つめて、どこか切り離されたような気分で状況を把握し続けます。
…私は、ルークでもアッシュでもどちらでもいい。
二人とも死なずにすむなら、それが何よりですけれど…彼らが本気で決断したことなら、私が止められる道理などない。

「……いやだ」
「!」
私の傍らから発せられた、涙交じりの呻き。
驚いて視線をずらすと、そこには私の服の裾を掴んで顔を伏せているアニスの姿がありました。

「私…ルークにもアッシュにも、死んでほしくないよ。
 二人ともバカだよ…どっちが死んでも、悲しむ人、いっぱいいるのに…」

「…アニス」

ローレライの剣を巡って争っていた赤毛の二人が、ふいに白い光に包まれるのが見えた。
「これは…剣が反応している?なら、宝珠がどこかに…」
「ッ、放せ!」
光に気をとられていたらしいアッシュが、ルークに蹴り飛ばされる。
不意打ちで地面を転がったその体をジェイドが抑え、「遺すなら、レプリカより被験者だ」と無機質な声で述べる。

アッシュから奪ったローレライの剣を両手で掴み、剣先を床へ向けて振り上げるルーク。

ティアの悲痛な声が、暗い空へ木霊します。
「………」
私の服を掴んでいたアニスが、無言で身を摺り寄せてきて。…そして顔を埋めて、静かに肩を震わせていました。

「みんな、俺に命をください。俺も…俺も、消えるから!」

とうとう駆け寄ろうと髪を翻したティアと、剣の先を深々と床に突き刺してしまったルーク。
…音叉に似た、澄んだ音が総身を包むのを感じました。
周囲のレプリカから、空気から。第七音素が集まって渦を巻き、ルークの手元に蟠っていく。

「……ルーク」
かつてレプリカの人間だった光の粒に包まれながら、剣を刺したままの体制で項垂れているルーク。
その唇が、確かに『死にたくない』と震えている。
……けれど、どうも様子がおかしい。

「…第七音素、拡散してませんか?」
「おかしい。このままでは、障気は消えない…!」
呆然と呟いた私の独り言を継いで、意図せぬ事態に汗を滲ませるジェイド。
その傍らで、既に開放されていたアッシュが目を見開いていました。
彼の視線の先には、全身を透かしたルークと…その内で赤く輝く、明らかな異物。

「宝珠の拡散能力が邪魔してやがるんだ!
 あの馬鹿レプリカ、自分が宝珠を受け取っているのに気付いてなかったのか!」

…マジですか。
今度は誰にも制止されず、ルークに駆け寄ったアッシュを見つめながら眉の端を引き攣らせてしまいました。
あんなに頑張って探したのに。
結局持っていたのがルークって、そりゃあないでしょうよ。
そんな微妙な私の心境はさて置いて。

ローレライの剣の柄を握った、ふたりの『聖なる焔の光』は目映い光を放っています。
そしてその中心から炸裂した大量の第七音素は、閃光となってこの場にいる全員の視力を奪ったのちに、
この惑星全体を覆っていた障気を次々に食いつぶしていったそうです。

「……!!」
全員が目を開いた時の空は、疑いの余地もない晴天。
久々の青空にしばし思考を奪われますが、そんなことはどうでもいいんです。

「る…ルーク!」「アッシュっ!!」
周囲にひしめきあっていたレプリカの姿は既に無い。
けれど、その中央に立っていた二人の姿はきちんとある。透けてすらいない。
まるでただ眠っていたかのように、ルークとアッシュは五体満足のまま床へと倒れ伏していました。

「……約束だ。生き残ったレプリカたちに、生きる場所を与えてくれ。…我々の命と、引き換えに」

ただ一人残っていたガイ姉のレプリカが、相変わらずの無表情で淡々と述べる。
…けれど、完全な無感情ってわけでもなさそうですね。

「わたくしが!キムラスカ王女であるこのナタリアが、命をかけて約束しますわ!」
「レプリカたちを見殺しにはしない。…姉上と同じ、あなたの命のために」
「わ、私だって。…あなたたちは、イオン様と同じだもん…」
各々の言葉で彼女に応える一同。
その言葉に、レプリカの彼女は静かに頷き。…そして、消滅していきました。

空に融けていった音素。
それを無意識に目で追っていると、かすかな呻き声と共に、視界の端でルークがゆっくりと起き上がりました。
「俺、生きてるのか…?どうして…」
呆然と自らの体を省みつつ立ち上がり、駆け寄ってきたティアに目を剥くルーク。
その手には、赤く輝く響律符を握っています。

「…あれが宝珠、ですか?」
「そうだ。この間抜け野郎は、宝珠を構成する音素を自分の中に取り込んでいやがったのさ。
 …体が分解しかかるまで気付かねえとは、とんだバカだな」

ルークの隣をすり抜けたアッシュが、まっすぐに昇降機へと向かいます。
「っ…アッシュ!お待ちになって、ローレライの鍵が揃ったのですよ。一緒に…!」
追いすがったナタリアが訴えますが、彼は背を向けたまま振り返ることもせずに。
一緒にいたら狙われるとだけ言って、昇降機と共に階下へと消えていきました。

「…一緒にいるのが嫌だ、とは言いませんでしたね」
「アッシュも素直じゃないよねぇ」
アニスとにやにや笑いながら頷きあいます。

…えーと、そうですね。
「じゃあ私は、アッシュと一緒に行きますね」
「えぇ?ユノ、行っちゃうの!?」

レプリカを悼んで話し合っていた輪から外れると、アニスが大きく目を見開きました。
ついでに言えば、声も大きかったので全員の目線が私に集中してしまいます。

「もともとそういう話だったでしょう?」
「それは、そうですけれど」
「それに…多分、そう何日もしないうちに再会するでしょうし」

ぼそりと吐き捨てた本音に、数人が頷いて同調する。
「というわけで、失礼しますね」
昇降機が去ったあとの、垂直の穴。
長杖の飛行機能は使いたくないですが、まあ落下の衝撃を和らげるくらいなら大丈夫でしょう。
多分。

「…っユノ!!」
「はい?」

飛び降りる寸前にかけられた声に振り向きました。
並んで私を見つめる一同と、その中から一歩だけ歩み出ている少女。

「約束、忘れないで。…覚えてるから!」
「…はい。わかりました」

ケーキセットの件ですか。忘れてくれて構わないんですけどね。
ルークの生還の余波か、別件か。潤んだティアに返事をした私は、大きく開いた空洞に身を投げました。
かなりの高さからの垂直落下。
長杖による衝撃相殺には成功しましたが、最後に手からすっぽ抜けた杖がアッシュの頭に直撃したことは…まあ、お約束というやつです。

…二度目のロックブレイクは、見事に直撃いたしました。


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