逃げないことは


アッシュは宝珠を探しに行ってしまったそうです。

各国首脳陣の集結したダアトの玄関ホールで後手に回ったことを後悔しつつ。
とりあえずは今できることを、と久々に対面した人々を前に結論付けました。

「アッシュの手紙には、障気を中和する方法を発見したと書いてある。
 それに伴って、レプリカに協力してもらう代わりに彼らの保護をしろとも」

「…随分簡潔に書いたな。あいつ、自分が死ぬことは書いてないのか」

手紙を読み上げるインゴベルト王に、苦々しい表情で呟くルーク。
訝って目を眇めるピオニー陛下には例のごとくガイが説明を担当しました。
障気の中和、その方法の詳細。代償。アッシュの奇怪な行動、諸々。

「ねえ、そんなの駄目ですよね?許可しませんよね?」
アニスが必死に懇願する。…相手がピオニー陛下であるのは、まあ流石と言っておきましょう。

「レプリカとはいえ、それだけの命を消費するわけにはいかん。……しかし…」
インゴベルト陛下が視線を泳がせ、言葉を切る。
…当然でしょうね。他に方法は見つかっていないうえ、時間もあまりないのですから。
愛娘に咎められてもなお、陛下の顔色は変わりませんでした。

「…ジェイド。お前は何も言わないのか?」
淀んだ空気に耐えかねたのか、ピオニーが話題の中心点をずらします。
大勢の視線を一身に浴びたジェイドは、いつも通りの無表情のまま。
「私はもっと、残酷な答えしかいえませんから」と言い放っては、静かに目を伏せました。

…やっぱり、そうなっちゃいます、か。
「大佐…まさか!」
「俺か?…ジェイド」
顔を真っ青にしたティアと、どこか達観した風に呟いたルーク。

ジェイド以外の誰もがルークの顔を凝視して、そして彼らの言葉を理解した。

「ッ…てめぇっ!アッシュの代わりに、ルークに死ねっていうのか!ふざけるな!!」

ガイが目に涙を溜めながら、黙り込んだジェイドの胸倉を掴みあげる。
首を圧迫されても尚変わらない鉄仮面に、続いてナタリアが詰め寄ります。
「駄目ですわ、そのようなことは認めません!わたくしはルークにもアッシュにも、生きていてもらいたいのです!」
「…私だってそうです。ただ、どちらかが犠牲になるしか障気を消す方法が見つからない」
ガイの手から難なく抜け出たジェイドが、淡々と事実を述べる。

ルークが何かを言おうと口を開くのが解りましたが―…ティアの叫びが、それを遮りました。

「みんなやめて!そうやってルークを追い詰めないで!
 彼が自分自身に価値を求めていることを、みんな知っているんでしょう!?安易な選択をさせないで…!」
「ティア…」
この場にいる誰にも、全く余裕がない。
ティアは勿論、ジェイドにすら。…そして一番追い詰められているはずのルークは、意外にも随分と落ち着いている様子で。
「…少し、考えさせてくれ」
そう言い残し、ホールを後にしてしまいました。

最悪の空気に取り残された面々。
足元に縋りついてきたミュウを抱え上げ、伏せた目で全員の顔色を窺います。
結果は…まあ、言うまでもありません。

「…とにかく、今は待ちましょう。こればかりはどうにもできません」
「そうですね…」
ジェイドの声に頷き、ばらばらと散開していく一同。
ホールから移動譜陣のある間へ移動し、淀んでいた肺の空気を吐き出します。

「ユノさんは、どう思ってるんですの?」
腕の中から見上げてくる、丸い瞳。

「ボクは…ご主人様にもアッシュさんにも、いなくなってほしくないですの…」
「…そうですね」

大変です。由々しき事態です。
ミュウを両腕で抱きかかえていては、…うつむいて顔を隠すことができません。

「こればかりは…どうでもいいとは、言えませんね」
死に直面した人間が何を想うのか。
それは私が二年間考え続けてきたことで、二年間かけても理解できなかったことで。
…まさか今さら、正面きって向き合うことになるとは思ってもいませんでしたけれど。

ままならないものですね。世界というものは。

壁に背を預け、深く息をついた時。
すぐ隣にあった扉が控えめな音をたてて開き―…入室してきた人物と、目線がかち合いました。

「あっ」「あ」
瞬かれる翡翠の瞳。やっと見つけたと吐息を落とす彼は、他でもないルークでした。

「…探してたんですか?」
「うん。…ちゃんと決める前に、話聞いとこうと思ってさ」
寂しげに微笑んで、私と向き合ったルーク。心配そうなミュウの顔に苦笑した彼は、照れくさそうに後頭部を掻きました。

「…思えば、貴方と向かい合って喋る機会って結構多かったですね」
嘆息して切り出した何気ない会話。ルークは虚を突かれたような顔で、そういえばそうだと相槌を打ってきます。

「会うたびに人が変わっているみたいで…結構びっくりしてたんですよ」
「そうだったのか?全然気付かなかった」
そうでしょうね。
私だって、今気付いたんですから。

「あのね、ルーク。
 私はティアのように貴方を庇うことも、ガイのように貴方を守ることもしない。
 私の考えは、先ほどのジェイドと同じです」

うつむくこともせず、ただ寂しげに頷くルーク。
「ユノならそう言うと思ってたよ」と、その声音はあまりにも頼りない。

「……でもね」
ミュウを抱いた両手に力が篭る。悲しいわけじゃない、ただ、悔しいだけ。
この胸の中にある暗い思いを、表現できない自分が、歯がゆいだけ。

「でもね、わかってほしい。私、貴方の死を望んでるわけじゃない」
「…ユノ」

乾いた目で、まっすぐにルークを見据える。
だんだんイライラしてきた。
…思考から逃げないことは、こんなにも大変なことだったのですね。

「きっと心から貴方の死を望んでる人なんて、誰もいない。
 それだけは理解して。…ちゃんと理解してから、貴方が決めてください」

「…」
ルークは何も言わない。
…わかっている。きっと彼の中では、もう答えは出ているんだろう。

「ありがとう、ユノ」

礼なんて言わないでほしい。
私は、貴方の心中を止めてあげることすら、できなかったのに。


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