愚かな夢


機械人形の図体は大きく、当然のように攻撃範囲も広い。
次々に放たれる銃弾は昇降機の床を容赦なく抉り、ダメージを与えていきます。

「…ジェイド。つかぬ事をお聞きしますが」
「はい」

前衛二人がディストの猛攻を食い止め、ナタリアが補助術を詠唱している間。
とりあえず隣にいたジェイドを見上げれば、彼は実に胡散臭い笑顔のまま応えてくれました。

「これ、壊れたりしませんかね?昇降機」
「ああ、このまま行けば床がズボッと抜けるかもしれませんねえ」

マジでか。
顔の端が引き攣るのを感じ、緩慢に視線を戦場へ戻します。
アニスとティアが戦闘に参加しないのは幸いだったかもしれません。あの二人が全力で暴れれば、いくら頑丈な昇降機でも一気に崩落しかねませんから。

「抜けたら皆死にますよね?」
「正確には、飛べる貴女とディスト以外が死にますね」
「大惨事じゃないですか」
「はい」
淡々と交わされる会話。締めくくったのは、私のほうでした。

「じゃあ、さっさと片付けないとですね」

長杖を球を描くように振り回し、上空に掲げて固定する。
言葉に出さずにつむぐ譜。私の周囲に収束する音素に何事かを悟ったらしいディストが、ルークとガイを打ち払って接近してきます。

「させませんわ!ヴォルテックライン!!」
目の前で振り上げられていた機械の腕を、ナタリアの矢が打ち抜く。
焼け焦げて千切れ、床に落ちた右腕。ディストの忌々しげな癇癪の声がこだまする。

傍らに立っていたジェイドが、私同様に槍を高く掲げる。
空中で交差する二本の金属。目の前で停止している機械の分厚いガラス越しに、ディストが潤んだ目を見開いているのが見えました。
…けれど、もう遅い。

「「フリジットコフィン!!」」

一瞬で氷霧に包まれ、純白に染まった戦場。
もがくディストの悲鳴が、上空より飛来した二本の剣に貫かれ、消えていきます。

疾風で晴れた視界には、立ち尽くす一同とレプリカたち。
そして地に落ちて動かない機械人形と、そこから這い出てくるディストの姿がありました。
感情の窺えない目で、かつての盟友を見下ろすジェイド。
私達は誰も歩み寄ることもせずに、満身創痍のディストを見つめていました。

「どうせ、モースは永遠に迎えになどこない…
 エルドラントの対空迎撃装置が作動すれば…塔ごと消し炭にされる……」
「なんだって…!?」

慄くガイの声に、ディストの哄笑が重なる。
彼は突っ伏していた上体を無理やり起こしたかと思うと、その右手を高々と掲げ。
そして手の内に持っていたスイッチを深く押し込みました。
途端に鳴り響く、けたたましい警報の音。

「ネビリム先生…今、そちらに向かいます!!」

「まさか…自爆装置か!?」
「…っあの、馬鹿!」
驚愕する一同の中、颯爽と前に出たのはルークでした。
極限まで音素を込めた掌底。その威力は凄まじく、機械人形の巨躯と、半身が機械に入ったままだったディストを空高く吹き飛ばします。

直後に大空に咲いた、大輪の炎。

遥か遠方の海に散っていく煙と、機械の残骸。黙したままそれを見つめていたジェイドが、立ち尽くしていたルークの隣へ歩み寄りました。

「ディスト…死んじまったな」
「…馬鹿な男です。最期まで叶いもしない夢を追いかけて」
「夢?」
首を傾げるルーク。ジェイドは薄く笑って、彼に…ディストの散った方向に背を向け、独白のように続きの言葉を呟きました。

「遠い昔、馬鹿な子供が二人で交わした約束です。
 人の死を超越しようとした、愚かな夢ですよ」

……フォミクリー、か。
ディストの散々言っていた"ネビリム先生"とやらが誰かは一切知りませんが、…聞くからに、幼少のディストとジェイドにとっての大事な人だったのでしょう。
そして多分、フォミクリーが生み出される原因になった人。
「…」
いえ。別に原因なんかに興味はありません。
ディストの死も、…私が特別気負うこともないのかもしれません。
けど。

「…どいつもこいつも、どうしてこう生き急ぐんでしょうね」
理解できないまま、昇降機は静かに動き続け。
「わかんないよ。…ディスト」
そして最上階―…広くて丸い、レプリカたちの溢れた空間へとたどり着きました。

「我らに居場所はないのか」
抑揚のない、呆然とした声で呟くガイ姉のレプリカ。
そして彼女に倣ったように周囲のレプリカたちが嘆息し、諦観の表情を浮かべる。
その圧力に圧倒される中、ルークが静かに歩み出て、「俺たちは存在してはいけない生き物なんだ」と訴えます。

「…っ違うわ!だって貴方達はここにいて、息をしているじゃない!」
「ティア!」
弾かれたように叫ぶティアの肩を両手で掴む。濡れた瞳が痛々しい。

「そんなに単純な話じゃありません。それは貴女もわかっているでしょう?」
「ああ。レプリカが生まれたことで、死んだ被験者もいる。全てを受け入れるほど、人の心は簡単じゃない」
私の言葉を代弁するように、重い声で諭すガイ。
ティアは唇をかみ締め、大勢のレプリカに一身で向き合うルークの背を見つめます。

「そうだ。だから取引だと言っただろう」

「…アッシュ!」
レプリカの集団のうちから、先刻取り逃がしたアッシュが歩み出でる。
ナタリアの声を黙殺した彼は、すぐ横で自分を見つめているガイ姉のレプリカへ鋭い視線を向けました。

「どうする?お前たちが住む場所はもうなくなったぞ」
「……考えさせてほしい。我と同じく、自我の芽生えた者たちと話し合って決めたいのだ」

何を考えるか、など聞くまでもありません。
どうやら早くに頂上へ辿りついたアッシュは、既にレプリカたちへ取引を持ちかけることを終わらせていた模様です。
『自分と一緒に死んで障気を消す代わりに、他のレプリカの安全は保障する』。おそらくこんなところでしょう。

「アッシュ、馬鹿なことをいうな!お前、死ぬ気はないって言っただろ!」
「…だったら障気はどうする?俺の代わりにお前が死んで、障気を消すとでも言うつもりか!?」

怒気に圧倒されたルークが口を噤む。
アッシュはそのルークの姿を一瞥で見捨てると、黒衣を翻して足早に昇降機へと向かって行きます。
ナタリアの悲痛な呼びかけに、一瞬だけ足を止めたものの。何もいわず、単独で階下へと消えていってしまいました。

…私はといえば、また置いていかれたわけなのですが。
まああの状態のアッシュについていく気力なぞ持ち合わせていないので、好都合だったのかもしれません。

「…ルーク。どうするの?」
「決まってるだろ。アッシュを追いかける!」
控えめに尋ねたアニスと、反射的に答えただろうルーク。
ルークは動かない一同を遺してアッシュが消えていった昇降機へと駆け寄り……そして、何も無い昇降機の縁で足を止めました。

「…これ、戻ってくるのにどれくらいかかるっけ?」
「ああ、三十分くらいじゃなかった?」
「…」
「いっそ飛び降りるっていうのはどうです?運がよければ死なないかも」
「却下!」

冗談ですよ、一応。
結局戻ってきた昇降機に乗って最下層に降り立った時、アッシュの姿はありませんでした。


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