私にだって


…結局、止められなかった。

いいえ、違いますね。言うほど止める気はなかったんです。
一万人のレプリカとアッシュ一人の命で、世界を覆う障気を中和する。
考えてみればこれ以上ないくらいに美味しい話なんですよ。
だって、実質オールドラントが受ける損害は"アッシュ一人"なんですから。

どんなに奇麗事を並べたって、他に方法なんてない。
障気の中で人間は長く生きられないのだから、時間だってない。
…仕方ないんですよ。

そんなの解ってる、痛いほどに解ってる。
だけど。

「もう一度言います。いいんですか?アッシュ」

場所はキュビ半島中央、レムの塔。
一万人はゆうに越えていそうなレプリカたちの海の中、凛然と立つアッシュに声をかけます。
死人のような顔で振り返るアッシュ。
表情のない彼に、苦い気持ちになりながら…息を呑んで、言葉を続けます。

「貴方が犠牲になれば、確かに世界は…キムラスカは救われる。だけど、」
「…お前、熱でもあるのか?」

憮然とした態度のまま、私の言葉を一蹴するアッシュ。
…ええそうですね、わかってます。柄じゃない。だけど仕方ないじゃないですか。

「私にだって情くらいあるんですよ」

冷徹無比なマシーンなんかじゃない。
それは普通の人間と比べれば微々たるものかもしれない。
それでも、何年も共に過ごした人間がただ死んでいくのを無感情のまま無言で見過ごすほど、ぶっ壊れてなんかいない。

「ここにいる一万人のレプリカ。目の前にいる貴方。
 世界とは比較できないものだとはわかってますが、それでも安直すぎではないかと言ってるんです」
「…」
「癪かもしれないけど、…ルークと相談しましょうよ。
 ジェイドやナタリアでもいい。だって一人で世界を救おうなんて傲慢―…」

すぎる。
と、そこまで言おうと思っていたのですが。

「ロックブレイク」
冷徹無比、ここに有り。そんな文句もつけたくなるタイミングで、アッシュが譜術を完成させました。
不意打ちの上に苦手すぎる第二音素の攻撃。
直撃こそ避けたものの、体制は崩れます。飛びのいた私から即座に距離を取り、塔の中央にあった昇降機へ飛び乗るアッシュ。
その唇がかすかに震え、何事かを呟いたようですが…生憎、読み取ることはできませんでした。

「ちょっ…!」
分厚いガラスの扉が閉まり、アッシュの姿は多数のレプリカと共にみるみる上昇して視界の外へと消えていきます。
思わず長杖に手を伸ばした、のですが。
「お止し」
「!」
私よりも強い握力で長杖を掴み、制してきた人物がいました。

「…ノワール。なにするんですか」
「飛んで行っても、このガラスは破れない。ちと面倒だが、一緒に運動しようじゃないか」

相変わらずの艶っぽい笑顔。背後に控えるウルシーとヨークが、揃って左手にあった長い長い螺旋階段を指差します。
……マジでか。

「……階段の上を飛んでいくっていうのは…」
「うん?あんたの杖ってのは、四人も乗れるもんなのかい?」
「…」

無理に決まってんだろ。
深々と嘆息し、冗談ぽく笑うノワールから離れ。
そして、いち早く螺旋階段の一歩を踏み出しました。

アッシュの奴。追いついたら絶対、一発殴る。


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