どうして


『絶対に話しかけるな』。
その命令の真意を悟ったのは、まさに"待ち合わせ場所"に着く直前のことでした。

「お前が、ここに足を踏み入れるとはな」

感慨深げに微笑むガイと、苦虫を噛み潰したような顔を背けるアッシュ。
彼の後ろに控えながらそっと視線を走らせても、ジェイドとナタリアの姿は見えませんでした。
国際会議とのことですから、国の重鎮たる二人は多忙なのでしょう。


「アッシュ、ローレライはどうだった?」


淀み、腐りかけた空気に耐えかねたらしいルークが口を開きます。
そのまともな問いに、流石のアッシュも素直に返答しました。恐らくヴァンによって交信不能にされているんだろう、と。

「じゃあ、宝珠は?」

「分からない。ローレライは地核からセフィロトを通じて鍵を渡した。
 だから、お前が受け取っていないのならどこかのセフィロトに辿りついた筈なんだ」

珍しく会話の成立している赤毛ふたり。
まあ、話題は重苦しいというかふざける要素が微塵もない真面目なものなのですが、少しだけ奇妙な気分になります。

「剣と宝珠は反応し合うそうだわ。見つけられないはずはないと思うけど…」
「宝珠が見つからなければ、師匠たちの思う壺、か」

悔しげに呻くルーク。…そういえば彼、いつまでヴァンを"師匠"と呼ぶのでしょうか。
彼がヴァンに懐いていたのも、その経緯も知っていますが、それでも。
この後に及んで師匠っていうのもなんだか変な話です。
どうでもいいですけど。

「なあ、アッシュ」
私の中で渦巻く疑問を知るはずもないルークが、ふと決心したように顔を上げます。
噛み付くことなく無言で応えるアッシュ。鏡に映したようなその顔を数秒凝視したルークは、かみ締めていた唇を開きます。

「超振動で障気を中和できるって、言ったら…どうする?」

「…何を言っている?そんなことできるわけがないだろう」
「できるんだよ!ローレライの剣があれば!」

先ほどとは一転した大声で喚いたルークは、再び目を伏せて。
命と引き換えになるけど、と蚊のなくような小さな声で続けました。

「…は?」
状況を見守っていた周囲に動揺が走ります。
驚愕を隠さず、ルークに詰め寄る者。黙って彼を凝視する者。
反応は様々ですが、少なからず私を含めた全員が驚いてはいるようです。
…そして、真っ先に硬直が解けたのはアッシュでした。

「それで?お前が死んでくれるのか」
「ッ…俺、は…」
「レプリカはいいな。簡単に死ぬって言えて」
皮肉の篭った言葉ですが、彼の顔に笑みはありません。
良くも悪くも真剣な目に射抜かれたルークは、言葉を詰まらせてうつむいて。
俺だって死にたくない、と精一杯の声を絞り出しました。

「当然だな。俺も死ぬのは御免だ。…まだ、やることがある」
鼻を鳴らしたアッシュは、黙り込んだ各人にそれぞれ一瞥をくれると、早々に踵を返します。
向かう場所は言うまでもなく玄関。
すたすたと澱みなく突き進むアッシュに、億劫ながらも着いていく私。
…ふと、ルークが私を追い抜いてアッシュの肩を掴みました。

「俺の話は終わってない!十分…いや、五分付き合え!」
「は、離せ!!」

ルークの意図に気付いたのか、急に慌てだすアッシュ。
もがく彼を取り押さえながら、ルークが背後で控えていた私へ振り返りました。

「ユノ!ちょっとコイツ気絶させろ!」
「はあ?いいんですか?」
「レプリカ、てめえっ!おいユノ、聞くんじゃねえっ!」

いや、別にどうでもいいんですけど。
だけどそうですね、合法的にアッシュをボコれるんなら、それに越したことは―…

「アッシュ」
嬉々として詠唱を始めていた私の横から歩みでたのは、ガイ。
相変わらず接近はできないようですが、明らかに私の譜術を邪魔する位置に立っています。
「つきあってやれよ。アッシュ」
「…」
諭すような、なだめるような。
どちらとも言えないガイの様子に、アッシュは気まずそうに目線を逸らし。
そして、抵抗して暴れるのをやめました。

「…じゃあ、俺たち行くから。みんなは中庭で待っててくれ」

憔悴した笑顔を向けたルークは、アッシュをぐいぐいと押し出し。
玄関とは真逆に位置する扉の向こうへと消えていきます。

「…」
「……」
「………」
残された四人。右端から私、アニス、ガイ、ティア。
謀らずも発せられる私とティアの微妙すぎる空気に挟まれた二人は、心なしか震えながら冷や汗をたらしていました。
…ああいや、ガイは違うかもしれませんけど。女性嫌いには厳しい空間のようで何よりです。

「な、なーんかここ空気悪くない?私、早く中庭行きた〜い!」
「そうだな!うん、そうだな!」

殊更に明るい声を出す二人が、痛々しい。
…いえ、わかってるんですよ。こんな空気を作り続けるのは面倒臭いし、マイナスにしかならないってことも。

だけど、…これだけは譲れない。
だって私、何も間違ったことはしていない。
私は怠惰で卑怯で大人げない人間かもしれないけれど、間違ったことだけはしていない。
…と、思う。多分だけど。

「………あーあ」

中庭へ向かう途中の廊下を、四人ばらばらに歩く。
間が離れすぎていたために溜息を気付かれることはなかったのは幸いでした。

「…」
一番前を揺れる栗色の髪。
私は彼女とは合わないと思っている、なのに。
…どうして、こんなに悩んでいるんでしょうか。


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