行きたくない


「っはぁ〜…終わったぁ…」

戦闘を始めてから早十数分。矢継ぎ早に襲い来る魔物を次々に撃退し終えた私は、柔らかな芝の上へ腰を下ろしました。
久々の戦闘で疲れたのもありますけれど、村をまるごと守るのは相当に重労働。
漆黒の翼の三人を途中で降ろしてきてしまったことが悔やまれます。

村人たちの歓声を背に受けながら顔を上げれば、前方から剣を血振りながら歩み寄ってくるアッシュの姿がありました。
彼も多少は疲れているようですが、まあ、私ほどではないでしょう。

「お疲れ様です、アッシュ」
「ああ」

腰の鞘へ剣を収め、座り込んだ私の隣に立つアッシュ。
不審な行動に首を傾げれば、村の中からローズ村長が駆け寄って来ていることに気付き、慌てて立ち上がりました。うわ、服濡れた。冷たい。


「ありがとうアッシュさん、ユノさん!
 あなたたちはエンゲーブの命の恩人ですよ!」

「邪魔な奴らを駆除しただけだ。礼を言われることじゃない」


喜色満面といった風の村長に、アッシュはあくまでもそっけなく仏頂面で応じます。
服についた芝生を払いながら二人の様子を見ていると、その、なんていうか。アッシュは年上の女性に弱いのかもしれません。母君しかり、ナタリアしかり。
彼女の魔物並に激しいトークに、完璧に圧倒されているらしいアッシュは、戦闘のものとは明らかに違う汗を額に滲ませては、助けを求めるように私へと視線を投げて寄越します。

なんです、もう。面倒臭いですね。

「是非、一晩泊まってっておくれよ。盛大にお礼がしたいからさ」

「いえ、村長。お言葉ですが、私たちは先を急ぎますので」

「?」

「タタル渓谷に行くところだったんです。私たち」

辟易したアッシュに代わって前へ出ては、残念そうに唇を尖らせる村長を説き伏せます。
数分にわたる問答の末、じゃあまた今度訪れた時に、と折れてくれた彼女ですが。それこそルークに代わっていただきたいものです。私たち二人を盛大にもてなすエンゲーブの人たちというのは、その。絵面的にも大変よろしくない気がしますので。
閑話休題。

「久々の徒歩ですね」

障気で薄暗い草原を、アッシュと数メートルの距離を持って歩きます。
タタル渓谷へは本来アルビオールで向かう予定だったのですが、障気とは別に濃霧の関係で着陸が難しいのだとか。
致し方ないので、ギンジにはエンゲーブで降ろしていただき、後に合流する算段となっています。

なので必然的にアッシュと二人旅状態なのですが、困ったことに。

「…おい、どうした?顔色が悪いようだが」
「いえ、大丈夫です」

無言を貫く彼は、いつになく饒舌な私に不審を抱いたらしく。
明らかに歩幅が小さくなり、動きの鈍くなった私を振り返っては、訝しげに目を眇めます。
身を案じる声に、半ば条件反射的に無表情で応えた私は、彼が前方へ目線を戻したのを確認してから、先程から割れるように痛む頭を片手で抑えこみました。

なんなんでしょうね、この体調不良。
エンゲーブにいた時は、なんともなかったのですけれど。

心当たりはないこともありません。
ザオ遺跡でも同じ症状で倒れましたし、十中八九原因はタタル渓谷の音素にあるのでしょう。
別に渓谷や遺跡に入れないことはどうでもいいんです。
ただ、私が億劫に思うのはそういうことではなくて。

「……あの、アッシュ―…」

足手まといになるから、ここで待ってます。
そう言おうと口を開いた瞬間、大気を震わすような感覚と同時に大音量の哄笑が草原に響き渡りました。

「っ…?」
「なんだ、これは?」

先程の謎の建造物といい、本日は天変地異が多すぎます。
流石のアッシュも立ち止まって空を仰ぎ見ますが、なにもありません。障気の向こうに音譜帯が浮いているだけ。なんの変哲も無い、最近の空。

だけど、響き渡るこの声。まさか。

「……モース…」
「なに?」
呆然と無意識的に呟いた言葉に、アッシュが振り向きます。
ルークが言っていました。モースは第七音素を取り込んで、怪物になったと。ならばこの狂ったような声も言葉も、彼自身のものとして納得できる。
……馬鹿な豚です。本当に。


『我が名は新生ローレライ教団の導師モースである!ひゃは、ひゃはははは!』


預言を蔑ろにするキムラスカ、マルクト両国に、
天空に浮かぶ要塞"エルドラント"に拠点を構えた新生ローレライ教団が降伏を求める。

預言の盲信者たるモースの言い分はこうでした。
支離滅裂で聴き取りづらくはありましたが、言いたいことは分かります。
なんて、馬鹿げた言葉でしょう。
全く持って度し難い。そして何より、聞き捨てならないのは。

「かつてのホド島…あの、空に浮かぶものが…?」
「…ヴァンめ。一体なにを考えている!?」

最早なんの気配もない虚空を睨みつけるアッシュが、憎憎しげに吐き捨てました。
ヴァン。…そうですね、モースの件もエルドラントとやらの件も、彼が渦中にいるのは疑いようがないでしょう。

ホド、か。
ガイが生まれた場所。ヴァンやティアが生まれた場所。

そして私が生まれたかもしれない場所でもありますが、それはまあ、確信がないのでどうでもいいでしょう。
とにかく意味ありげな物体がレプリカとして復活を遂げてしまいました。
…そうなると、ヴァンの目的とやらも明確に見えてきますね。
面倒臭いやつだらけで嫌になります。


空を仰ぎ見るのも疲れたので、目線を元に戻そうとした時。
大空を飛ぶ、見覚えのあるフレスベルグの姿を視認しました。
そしてその背に乗った、随分と久しぶりに見る少女の姿も。

「…あいつ、チーグルの森に向かったな」
同じものを見たらしいアッシュが訝しげに呟き、私を振り返ります。

「なにか企んでるんでしょうかね?」
「…いや。そうは見えなかったが…」

顎に指をあてて思案し。
軽いめまいを感じたことをいいことに、それらしい言い訳をでっちあげることといたしました。
いや、行きたくないですし。渓谷。

「アッシュ。私はアリエッタを追ってみます」
「わかった」

即座に頷いたアッシュ。どうやら疑われていないようで何よりです。

「では、後にアルビオールで合流しましょう。お元気で」

最後に、走り去る私を不思議そうに見つめるアッシュが見えましたが、無視しましょう。
どうでもいいですから。

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