立ち続ける辛苦


タトリン夫妻の部屋へ入って、
真っ先に彼らを出迎えたのはアリエッタでした。

彼女もまた相当な手傷を負っている様子ですが、それどころではないようです。
ここに来るまで一言も喋らなかったアニスを睨み、
そして罵倒の言葉を飲み込んで、右手を持ち上げました。

乾いた音が響きます。


アニスは張られた頬を押さえることもせず、顔を戻すこともせず。
目の前でぼろぼろと涙を零すアリエッタに沈黙で応え。


「イオン様を殺した…アニスがイオン様を殺したんだ!!」


アリエッタにあるのは憎悪と悲しみ。
先ほどのルークと同じ感情でしょうが、あまりにも間違った感情です。
彼とは違う。
…それを責めることはできませんが、だけど。

オリバーを制したアニスは涙を堪える様子を見せながらも、胸を張り。
ふてぶてしく、憎らしげにアリエッタへ向き直ります。


「そうだよ。私が殺した。だからなに?根暗ッタ!!」


一層激昂した様子のアリエッタに対し、
周囲の反応は冷え切ったように感じられました。
偽悪者、とでも言いましょうか。
イオンくんもお人よしでしたが、アニスも大概ですね。

彼女に同情する気にはならないし、
アニスが殺したというのにもさほどの語弊はないのでしょう。

だけど、ここまでする必要はなかった。

アリエッタのため、なのでしょうね。きっと。
恨むべき対象がないと立っていられない、とはいつぞやのガイの言葉です。
……そうですね。関係のない話ですが。


「イオン様はアリエッタの恩人。アリエッタの全て!
 アリエッタは、アニスに決闘を申し込む!」

「…受けて立ってあげるよ!」


この場で暴れないのは彼女の怨恨の深さからか。
アリエッタはアニスを突き放し、傷だらけの身体を引きずって
部屋から飛び出して行きました。逃げたら許さないから、とは最後の台詞です。

全員が残されたアニスへの言葉を選んでいるなか、
一番初めに声をかけたのはパメラでした。
決闘なんてやめなさい、と。
今この瞬間でなければ、娘を案じる母の台詞だったのでしょう。

しかしアニスはそれを跳ね除け、うつむいていた顔を上げます。
絶えず流れている大粒の涙。
あまりに痛々しい娘の姿に、パメラは手を引きました。


「アニス、でも」

「黙っててって言ってるでしょ!!」


扉の前にいたガイとナタリアを突き飛ばし、部屋の外へ消えていったアニス。

閉められた木製の扉を見つめて、ナタリアが呟きを落としました。


「…アリエッタは、本当にイオンが好きだったのですわね」

「アニスもだわ。…だけど二人の思うイオン様は、それぞれ別人だった」


各々の言葉で彼女らを案じる彼らですが、まあ。
…私は何も言わないほうがいいでしょう。
きっと私は、彼らが満足するような優しい言葉は吐けませんから。


イオンくんは自らの死を望んでいなかった。


なら、たとえ間接的にでも彼に死を選ばせてしまったアニスは、
確かに殺人者ということになるのでしょう。
…それに、頭ごなしにアニスは悪くないと言う言葉を望んでいるとは思えませんし。

アリエッタに至っては、もう救いようがない。
…面倒臭い。


「アリエッタには、…もっと早く全てを伝えておくべきでしたね」

「え」

「私は全部知ってましたから。イオンのこと。
 なんだったら今から言いますか?そうしたら決闘は避けられるかもですよ」


私の提案に、一同…特にタトリン夫妻の目が揺れ動きます。
当然ですよね。愛娘の決闘など、この善良な人間が望むわけがない。


「だけど…今そんなことを伝えたら、アリエッタは」

「ええ、自害するかもしれません。だけど、それがなんですか?
 虚像の憎しみで立ち続ける辛苦と、どう違うっていうんです」


そう言った瞬間。

再び響いた、乾いた音。
先ほどと違うのは、そうですね。
音源がアニスではなく私ってところでしょうか?


「ふざけないで!!」


目の前で涙を散らすティア。
頬が熱を帯びますが、些細なことです。私は彼女を見つめて首を傾げました。


「ふざけてないですよ」

「ふざけてるわ…!どうしてなの?
 どうしてあなたは、そんなにも生命を軽視するのよ…!!」


胸倉を掴んでくるかと思いきや、もたれかかるようにティアが私の肩を掴み。
そして哀願するような、…不愉快な目で私を見ます。


「レプリカの件だったら筋違いです。私は敵ならなんでも殺す。
 例えばタルタロス、ザオ遺跡。
 貴方達と対峙したとき、私はいつだって殺す気で戦っていました」

「…!!」

「生命の軽重などない。平等です。
 貴女のそれは優しさではない、ただの甘さ。
 そして私は、あなたのそういうところが、果てしなく」


私。


「嫌いです」


…私、何言ってるんでしょうか。

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