最期に語らうべきなのは


目的地へ辿りつくまで、さほど時間はかかりませんでした。


「やめろ、イオン!やめるんだ!!」


ルークが悲鳴をあげ、譜石に触れて預言を詠み続けるイオンくんへ駆け寄り。
ティアは彼に続き、ガイとナタリアはモースを牽制し。
そして私とジェイドは岩壁に作られた牢屋へ、兵を抑えて向かいます。

格子の中でこちらを見つめる夫妻の、傷だらけな風貌に舌打ちしたくなりました。

どこまでも素直で善良なこの二人。
哀れみはしません。
愚直であることは、罪なのですから。

近くの兵士を殴り倒して懐を漁りますが、鍵は見当たりません。
ジェイドに無言で視線を送ると、彼もまた無言のままに頷きました。

「下がっていてください」

光とともに取り出した槍。
ジェイドはそれを躊躇いなく錠前に差し込み、譜力とともに破壊しました。
簡単に開いた格子から、夫妻が転がり出てきます。


「あ、ああ。ユノさま、私たちは…」

「御託は後です。背後は守りますから、早く進んで」


ぼろぼろと涙を零して弁解しようとする夫妻をジェイドに先導させ、
二人の背後に続きます。…兵士たちは、まだ生きているでしょうから。

ジェイドは二人の体調を慮って走りこそしませんでしたが、
相当に焦っているらしく、柄でもない表情を浮かべています。


彼が立ち止まった時。

イオンくんの生命は、尽きる直前でありました。


「…ほら。これで、ティアは…大丈夫…」

「イオン様っ…!!」


イオンくんの手を握るティアの身体から黒い障気が湧き出、
淡い光とともにイオンくんの身体へと移っていきます。
…説明されなくてもわかる。
彼は、自分の死によってティアを救っているんですね。

『そのためには、僕の』。

あの時言いかけた言葉の続き。躊躇った意味がやっとわかりました。


……ほんとうに。
彼は…イオンくんは、ほんとうにどこまでも純粋で。
優しくて。


「…ユノちゃん、…いますよね?顔を、見せてくれませんか…」

「…」

か細い、今まさに消えゆく声。
逆らうこともできずに歩み寄り、ティアの掌に重ねるようにその手を握ります。

真っ白な顔色と震える唇で微笑んだイオンくんには、ただただ嘆息するだけ。

間に合わなかった、と。
その微笑みを見て何より強く思うのは、そのことでした。


「ありがとう、…今まで、楽しかった。
 あなたに呼んでもらう名前は、いつもいつも…嬉しくて…」

「…イオンくん」

「…変な意地なんか、張らなければよかった。
 ダアトで、一緒に…もっと一緒に、過ごせれば」


細い指先から体温が失われていくのを、確かに感じます。

私。
私は、なんて言えばいいんでしょうか。
ルークやティアやアニスのように涙も流していない、私が言えることは。

「…イオンくん」

早くしなければ、と大嫌いな使命感に駆られます。
イオンくんが最期に語らうべきなのは私ではない。私ではいけない。
早く何かを言わなければ。
そして後ろで震えて泣いている彼女に、この場所を譲らなければ。


「お疲れ様。君と会えて、よかった」


湛えた微笑に、ふっと歓喜が宿ったような気がしました。
…これで、終わり。
私が生きている彼にできることはこれで全部。

立ち上がって歩み、ジェイドに並び。
そして立ち尽くして震えるアニスが叫ぶのを見つめます。


「ごめんなさい…ごめんなさい、イオン様!私…私!」


…違うよ、アニス。
きっとイオンくんが言ってほしいのは、謝罪なんかではない。


「今まで、ありがとう」


イオンくんを取り巻く彼自身の音素が、一層強く瞬きます。
ルークが彼の名を叫びますが、…多分もう聞こえていないと思います。


「僕の一番、…大切な……」


長い睫毛が伏せられ、その純粋で澄んだ瞳が覆い隠され。
そして噴出するような光が、彼の身体が完全に喪われたことを伝えます。

消えてしまった。
死んでしまった。

その事実は、あまりに簡単に胸の奥へ収まります。
すとん、と。
…こうあってはだめなんだろうなという自覚と共に、収まって。
そして彼を"過去のもの"として、蓋が成されました。




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