間に合えば


全く人の手が入っていない火山の道は細く、
魔物に襲撃されるたびに溶岩へと転落しそうになります。

暑いし。

「辿りつく前に、暑さで倒れてしまいそうですわ」

弱りきったナタリアの声を否定するものは誰ひとりとしていません。
それほどにこの熱気は凄まじく、
呼吸の度に内臓や喉が焼けるような感覚すら覚えます。

正真正銘、オールドラントで最も暑い場所でしょうからね。


一層の熱気が吹き上げる火口を見下ろしながら、
ふとイオンくんのことを考えます。

もし私達が間に合わなかったら、きっと彼は命を落とすでしょう。
多くのイオンレプリカが死したこの場所で。
形は違えど、彼らと同様に散っていくことになるでしょう。

レプリカたちが溶岩に飲まれる様は、不思議なほど簡単に想像できました。
……いえ。どうでもいいことですね。
こんな妄想をしている暇があったら、少しでも早く進むべきです。

進んで。
そして絶対、殺す。
モースの奴、調子に乗りすぎです。


この時の私はそれだけを思案しており、
アニスのことは忘却の彼方へと追いやっていました。

いかんいかん。

慌てて視線を前方に戻すと、後ろ髪を揺らすルークの背中。
と、その側方より迫る謎の火球。


「ルーク!!」

「え?……ッうおああっ!?」


咄嗟に身を引いた彼の真横を通過した火の球。
それを発した方向を見ると、紅く燃えるドラゴンの姿がありました。

「珍しいな、ドラゴンとは」
「火山の中で生きているなんて…」

感嘆するような声を出す一同ですが、全員が武器を構えています。
それもそのはず。
完璧に進行方向を塞がれているのです。


「この先へ進むためには、彼との対決は避けられませんね。
 …いや、"彼女"、かな」

「まあ、大佐。ドラゴンの性別がお分かりになるの?」


目を丸くするナタリア。
ブレスの吐き方で、ともっともらしく続けたジェイドに、
胡散臭そうな顔をしていたルークも感激したように目を輝かせます。
微笑ましい光景ですね。


「いえ。わかると面白いなあと思っただけですよ」


失笑ですけど。

「来ますよ。前を見てください」

翼を広げて眼前へ舞い降りたドラゴン。
完全に侵入者と見做されたらしく、闘争を示す咆哮が響き渡りました。

連発される火球に、全員が身を跳ねさせて回避します。


「時間がないわ!一気に決めましょう!」

「わたくし達が隙を作ります!…ユノ、よろしいですわね!?」

「了解です」


ティアの号令に、離れた位置のナタリアと同時に同じ方向へと駆けます。
初めて見る敵なので具体的な弱点はわかりませんが、
まあ、首を狙えばほとんどの生物は隙を見せる。鉄則です。

ドラゴンの背後にて合流した私たちは、揃ってその太い首へ標準を合わせました。

気を察したらしく顔面がゆるりと背後を向きますが、もう遅い。
むしろ振り返ってくれたほうが好都合です。
目が潰せますからね。


「ヴォルテックライン!」

「アクアゲイザー!」


私の水は首を。ナタリアの雷は目玉を捉えます。
悲鳴を上げてもんどりうつドラゴンに、飛び乗るように襲い掛かるガイ。
しかし致命傷を与えるには至らず、続いたルークと共に振り払われてしまいます。

……あれ。
振り払われて、こちらに吹っ飛んできます。

「ぎゃっ!」「きゃあっ!!」

ルークがナタリアに、ガイが私に狙ったように激突しました。
当然のように吹っ飛び、熱い地面に頭部を強打します。
痛い。視界が冗談抜きに一瞬飛びました。


「す、すまな…あ、わ、ぎゃああっ!」


女性恐怖症のガイは凄まじい勢いで跳ねのき、
上体を起こす私を見下ろしています。…いえ別に気にしてません。
以前同じことをしましたからね、私。

前衛と中衛が揃って倒れたため、残っているのは後衛だけ。

身体を起こすと、詠唱中のジェイドを狙うドラゴンの姿が見受けられました。
や、やばい。守れなかったら後で絶対文句言われる…!

「ホーリーソング」

ティアが譜歌を歌い、癒しと援助の波動を全員に行き届かせます。
ぐらりと頭を揺らす彼女を尻目に走り出し、前衛の援護に戻り。


「出でよ、敵を蹴散らす激しき水塊―…セイントバブル!」


炸裂したジェイドの譜術によって、この戦闘は幕を閉じたのでした。


「ティア、大丈夫か?」

「…平気よ。早く行きましょう、随分時間を浪費したわ」

ふらふらとおぼつかない足取りのティアを見かね、
ナタリアがその肩を支えます。
ミュウの言葉によると、パッセージリングは目と鼻の先。

彼女の言う通り、休憩する時間は惜しい。

誰からともなくティアから目を逸らし、進路を歩みます。


…イオンくん、生きているといいですね。
死なないといい。
できればこれからずっと、死ぬまで生きているといい。
彼は幼く、若いのだから。

間に合えば、いい。


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