彼ららしい


火山からの臭いが、やけに鼻につきました。

…いえ、違います…か?
硫黄のような自然なものではなく、もっと悪質な臭いです。
ダアトの街を歩くたびにそれは顕著に現れ、眉をひそめた時でした。

前方を歩いていたティアの身体がぐらりと揺れ、長い髪が靡きます。
隣のルークが慌てて彼女を支えますが、その顔色はあまりに悪く。

いつもの毅然な態度は身を潜め、自ら立ち上がる気力もない様子でした。


「わ、私、イオン様を呼んでくる!」


アニスが駆け出し、動揺する一同が残されます。
周囲を見渡すと、人通りは以前ほどありません。預言撤廃の影響でしょうか。
どうでもいいですけどね。

「大丈夫…薬が切れてしまっただけだと思うわ」

「でも」

力なく微笑んだティアは、頼りない動きで立ち上がり。
己を抱きしめるように、弱弱しく握った右手に力を込めました。


「…おかしいですね。薬が切れただけでそこまで顔色は悪くなりませんよ」

「どういうことだ?もしかして悪くなってるってことか」


ルークがティアに詰め寄るようにして言うと、
彼女は困ったように笑って病状の説明をします。
障気を吸わなければ進行しない。
なら、障気を吸えば悪化すると、そういうことですよね?

もしかして、この臭い…


「どうしました?」


先ほどとは違う意図で周囲を見ていると、ナタリアの声が降ってきました。
我に帰ると、ティアを守るようにして歩む後姿が目に入ります。
直接触れて支えないところが彼ららしいというか。
…いえ、関係ない話ですね。

「なんでもありません。行きましょう」

なるようになるでしょう。多分。


*


「みなさん!ティアが倒れたと聞きましたが…!」

教会につくなり駆け寄ってきたイオンくんに、若干ながら空気が和みます。
ティアは慌てる彼に微笑みますが、気休めにもなりません。
イオンくんは自らの部屋を進め、先導するように踵を返します。


「…そういえば、アニスはどうした?」


ガイの呟きに、一同が首を傾げました。
イオンくんに報告した後で、彼と分かれ、私達に合流しない。
明らかな不審。
場所が場所ですし、どうも好意的には考えられませんね。

ジェイドも似た考えのようで、不愉快そうな表情を貼り付けています。

アニスの奇行は今に始まったことではありませんが、
一応ルークらに協力すると決めている手前、見逃すのも潮時ですかね。
詰問するか、説き伏せるか、それ以外か。
さて。


「…お久しぶりです、ユノちゃん」

「ええ、お久しぶりです。イオンくん」


囁くような声で交わされた挨拶ですが、彼は満足したようです。
目を伏せて唇を結び、それ以上を語ろうとはしませんでした。

もしかしたら私がなにか言うべきであったのかもしれませんが、
それはそれとして。

移動用の譜陣を使い、導師の私室へと辿り着きます。
変わらず簡素で物品の少ない部屋。入るのは随分と久しぶりです。

「さあ、ティア」

イオンくんが整えられた白いベッドを示すと、
ティアは首を振って敬遠し、大丈夫ですと主張を繰り返しましたが。
彼女が口頭で敵うはずもありません。
結局は説き伏せられて、シーツに身体を沈ませました。

布地と遜色ないと言えるほど、彼女の顔色は白い。

その手首をとって脈を測り、イオンくんは眉をしかめました。


「おかしいですね。
 新たに障気を吸わない限り、ここまで消耗するとは思えません」

「プラネットストームには障気が混入している恐れがありますが、
 その程度なら音譜帯を抜けた後に大気圏外へ離脱してしまいます。
 影響はないと思いますが…」

「プラネットストームが活性化してるってことか?」

「…それは、私にはなんとも」


議論の間も、アニスは戻ってきません。


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