前編。
ND2013。
これは私の、ユノ・リーランドの、過去の話。
『ユノ』が生まれた話。
*
「ちょっとやめろよ、なんなんだよっ!」
ああもう、なんて厄日なんだろうか!
手首に巻かれた重厚な錠。その長く伸びた鎖を握る髭。
意味わからん!
現実逃避ついでに回想に入りまーす。
私ことリーランドは傭兵です。…正しくは傭兵もどき、だけど。
要するにお金もらえればなんでもやっちゃいます屋さんです。
ほら、私にできるのって人殺しくらいだし。
それなりに需要もあるわけだし。とにかくそういう理由で。
それで、ダアト港で依頼を受けたわけですよ。
『ダアトの街に殺して欲しい奴がいる』…そんなあやふやな依頼。
だけどまさかこんなことになるなんて思わなかったから、怪しまず。
普通についてったら、この有様だよ。
「私が導師殺しなんかするわけないじゃん!そいつだよそいつ、
街の真ん前まで来て導師を殺せって無茶振りしてきたの!」
「ふ、ふざけるな!…違うんです導師様、私は敬謙なる信者です!
この子供に脅されていて、こ、殺されるところだったんです!」
ふざけんなクソジジィ!
そりゃ殺そうともするっつーの!ぎゃあぎゃあ騒ぎやがって!
お蔭で本人たちに見つかっちゃったじゃないか!
「…そなたらの言い分は分かった」
私とおっさんの鎖を握る髭は、低い声で諭すように言い。
そして導師から遠ざけるように、その鎖を引いた。
「続きは教団にて聞こう。とにかくこの場は怒りを鎮めてほしい」
無理だよ!
つーかやばいって、教団になんか連れていかれたら余罪の関係で絶対処刑される!
厄日なんてもんじゃない。実質命日じゃないか…!
どうにかして譜術で逃げようと模索していた時、
背後から砂を踏みしめる音が聞こえた。
ヴァン、と、よく通る声はまだ幼い。振り向けないが、十中八九導師だろう。
「教団には連れてかなくていいよ。…それより、錠を外して」
「…?しかし、導師」
「早く」
…う、…わ。
え、なに?後ろにいんの、ただの子供…だったよね?
なに、この殺気。
私は育った環境からか、人一倍そういった気配に敏い。
殺気なんか、いくらでも感じてきた。
魔物と戦う時、野盗に出会った時…そんな刹那の感覚を、殺気だと認識してた。
けど、違う。
今まさに背後から感じるこれは、刹那なんかじゃない。
まるで素肌を蛇や虫が這うような生理的な悪寒。生理的な恐怖。
…こわい、なんて。初めて、思った…
「ねえ」
たった音ふたつなのに、私を呼んだと理解した。
弾かれたように振り返る―…手錠はもう、外れていた。
あー、でも、振り返らなきゃよかったなぁ。
真っ赤だった。
さっき視界に入ったのはちゃんと白だった、その服が。
なんの赤かなんて考える余地ないよね。だってなんか転がってるものなぁ!
「これでいいでしょ?」
あまりに無邪気なその笑顔に、呼吸が止まる錯覚すら覚えた。
や、ばいよ。こいつ。(完璧に狂ってやがる!)
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