覚ます前に


「第三音素が多く減っています。恐らく譜業の使いすぎでしょう」

場所は変わり、ケテルブルクの中央ホテル。
超高級ホテルですが、知事のネフリーさんが手配してくれました。
目の前にいる医者も彼女が手配してくれたもので、…頭が上がりません。
見返りなしの施しには疑念を持ってしまう性質なんです。
それに彼女、よりにもよってあのジェイドの血縁者ですから。

「そうですね、半月も休めば元通りになると思います」
「はあ」
「貴女は元々第三音素が少ない体質のようですから、無理は禁物ですよ」
「…」

第三音素、とは風の力でしたね。
飛行機能に与えるのはやはり第三音素がメインですから、
…流石に長距離移動しすぎたか。
譜術においても風や雷のものは他より少し苦手だったりするのですよ。
どうでもいいですけどね。

「とにかく、治るまでは安静にしていてください」
「はい」
「……それで、こちらの方ですが」

医者が示したのは、ベッドで丸くなっているディストです。
目を覚まさないくせに、うわ言でジェイドジェイドと繰り返す様は、
なんといいますか…凄惨なものがあります。憐憫すら誘います。

「体力のほうは殆ど回復しています。心配はありません」
「大丈夫です。心配なんかしてませんから」
「……そうですか」

失笑ぎみに呟き、医者は席を立ち。
とにかく安静にさせてください。お互いに、と言い残して、部屋を去りました。

困りましたね。
ケテルブルクには滞在する予定でしたから、
身体の具合がどうでも問題はないのですが。
ディストが目を覚ましたら、私、早速ヴァンに居場所が知れますよね?
目を覚ます前に息の根を止めておくべきでしょうか。
しかしディストなら、頼めば黙っていてくれそうな気もしますし。

どうしよっかなぁ、と窓の外を見ます。

白く分厚い雲に覆われた空。深々と降り積もる、屋根の雪。
カジノの電飾が眩しいその景色は、
来訪直後とはまったく違った趣を持っていました。

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