隠せるほうが


隠す必要は、多分なかったのでしょう。
シンクが"シンクでない"ことが露呈したところで、彼自身は困らないのだから。
だけど、彼は隠していた。
その意味や意図は、私には理解できませんけれど。
まあ多分、気持ちの問題、ってやつなんでしょうね。
利害とかじゃなくて。心の問題。

…わかんないなぁ。

「嘘…イオン様が、…ふたり…!?」

仮面を吹き飛ばされ、素顔となったシンクに絶句するアニス。
…アニスだけじゃありません。私と、イオンくんと。ジェイド以外の全員です。
私は驚きません。あーあ、取れちゃったぁ。そんな感じ。
ジェイドも既に悟っていたのでしょう。気付く要素は、いくらでもあった。
一方イオンくんは。

「…やはり貴方も、導師のレプリカなのですね」

ただ悲しげに、又は自嘲ぎみに。優しい微笑を浮かべるだけでした。
…イオンくんのこの表情、嫌いです。
周囲が狼狽して声を上げても、その表情は変わらない。
"優しいみんなのイオンさま"のまま―…彼は、全てを露呈させます。

「僕は導師イオンの七番目―…最後のレプリカになります」
「う、嘘。だって、イオン様」

流石のアニスも動揺を隠し切れず、声や身体は震えています。
しかし誕生して二年との言葉に、彼女なりの真実を手繰り寄せたようです。

「じゃあ、アリエッタやユノを導師守護役から解任したのは…
 あなたに、過去の記憶がない…から…?」

イオンくんは頷き、アニスをまっすぐに見据えます。
「あの時の導師イオンは、死に直面していた」
時折私の様子を窺っているようですが、どうでもいいことです。
今から語られるのは、過去。
歴史を語るのとなんら変わりはない、ただの過ぎ去った事実。
どうでもいいことです。

「しかし跡継ぎがいなかったので、
 ヴァンやモースがフォミクリーを使用したんです」
「…お前は一番被験者に近い能力を持っていた。ボクたち屑と違ってね」

吐き捨てるようなシンクの声に、イオンくんが首を振ります。
しかし、イオンくんとシンクは違う。
決定的に違うものがある以上、その価値観を共有できるはずがないのです。

「能力が劣化していたボクたちは、ザレッホ火山の火口へ廃棄された。
 …ゴミなんだよ。代用品にもなれないレプリカなんて」

一同の空気が張り詰め、凍りつきます。
中でも一番顔色が悪いのは、ルークでしょうか。
レプリカ同士…といっては失礼ですが、他人事ではないのでしょう。

しかしザレッホ火山、ですか。
確かにダアトからは近いし、片付けもいらないしで廃棄には理想的ですね。
イオンくん以外のレプリカがどうなったかは全く興味がなかったので、
全然調べませんでした。…何人かは、イオン自身がぶっ殺してましたしね。
あれだけ血の臭いを纏わせて、隠せるほうがおかしいんですよ。

「そんなこと言わないで。一緒に脱出しましょう!僕らは同じじゃないですか」

……あ、やばい。
気を抜いている間に随分と話が進んでいます。そんなことってどんなことですか。

と、とにかく。
現在は甲板の縁に後ずさりするシンクに、イオンくんが手を伸ばしています。
以上です。

「違うね」

イオンくんの手が払われ、シンクの嫌悪と侮蔑に満ちた瞳が彼を射抜きます。
「ボクが生きてるのは、ヴァンがボクを利用するためだ」
ええ、そうでしょうね。
利用するためでなければ、ヴァンはシンクを火口から救う意味がありません。
残酷なようですが、それが当然ですから。
一度棄てたものを無意味に拾いあげる人間なんて、どこにも居ないのです。

「結局、使い道のあるやつだけがお情けで息をしてるってことさ」

シンクは、羽のような足取りで縁に足をかけ。
イオンくん、ルーク、そして私を順番に視界に入れて。
最後に淀んだ、無邪気さなど微塵もない微笑を浮かべて。
ゆっくりと、地核の泥へ沈んでいきました。

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