私は、何を
顔面蒼白のガイがやっとのことで思い出した、ほんの一瞬の記憶。
文字通り血に塗れた壮絶な過去。
流石の私も絶句しました。記憶障害も無理ないな、と思いました。
しかし当時の彼や、現在の彼を慮ることだけは、少し難しいのですけれど。
「斬られそうになった俺を、…姉上が庇ってくれた」
ガイがホドの貴族であったことは、既に周知の事実です。
ホドとは即ちマルクトであり。
キムラスカにとっては、敵地にあたります。
ファブレ公爵が率いるキムラスカの軍は、16年前にガイの家へ押し入りました。
ちょうど彼の誕生日で、姉や使用人を交えて祝っていた時だそうです。
兵士達は女子供を区別しませんから、無論、その使用人たちを斬り捨てて。
眼前の幼子のことも、斬り捨てようとして。
その瞬間、まるで先程のパメラのように、彼の姉が身を躍らせたそうです。
硬直して動けない、最愛の弟と。
今まさに振り下ろされる、死の刃の、その間に。
目の前で熱を失う最愛の姉を前に、彼は何を思ったのでしょう。
その姉に続くように、目の前で死んでいく使用人を見て、彼は何を思ったのでしょう。
しかし目を覚ました彼は、沈みかけたホドを見て、こう呟いたそうです。
誕生日パーティはどうなったの、と。
残酷なほど無邪気で無垢で、無知な、血に濡れた顔で。
はい、回想終了です。
最近忘れかけていましたが、ガイは女性恐怖症でしたね。
姉やメイド達の死体に埋もれていたことがその原因だろうとはジェイドの弁。
ガイも小さく頷いたので、まあそういうことなのでしょう。
沈痛な面立ちで話を聞いていたナタリアが、ガイに頭を下げます。
続いてアニス、ティアと頭を下げます。軽々しく扱って、申し訳なかったと。
「いいんだよ、俺だって忘れてたんだから」
どこか自嘲ぎみにそう言うと、ガイは俯いていた顔を上げ。
「どうして忘れていたんだろうな。…こんな、大事なこと」
気丈に振舞っていた彼の瞳から、一筋の涙が流れます。
誰もがかける言葉もなく、彼の独白じみた呟きを聞き届けていて。
そんな中、私は―…
…私は、何を考えていたのでしょうか。
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