張った伏線
ジェイドを矢面に、ナタリアの私室に押し入りました。
ちょうど彼らは毒を飲まされそうになっていたところだったので、
間一髪、という言葉がしっくり来るでしょう。
「陛下は玉座にいると思いますよ。どうしますか」
遅れて部屋に入り、ナタリアを一瞥してそう言います。
彼女は俯いて唇を噛んでいましたが、その隣にいた赤髪の青年が、
そっとその肩を叩きました。「ナタリア」彼女を案じた、優しい声音です。
「俺はまだ信じられない。ナタリアだってそうだろ?
一緒に話を聞きに行こう。こんなの嘘だって言ってもらおう」
「…ルーク」
ルーク?
思わず視線を戻してしまいました。聞き間違いだと思ったからです。
ナタリアと向き合う、赤い髪の青年。
肩にも届かない長さの髪、白い見慣れた服。
表情は全く見覚えがありませんが、顔そのものには見覚えがあります。
「………ルーク?」
「ルーク」
隣のアニスが頷きます。
え。…これこそ、冗談でしょう。
髪を切っただけでこんなに変わるものなんですか?
「彼、変わるんですって」
ティアが微笑みながら、そう言います。
変わるって、何。物理的にですか?
*
何はともあれ。
現在は王城の廊下、玉座に向かって爆走中です。
ティアの譜歌はまだ効いているらしく、兵士は入り乱れて眠っています。
「…あのさ。ユノ」
先頭を走るルークが、神妙な様子で話しかけてきました。
未だに彼をルークだと認め切れていない私がいます。
だって違います。当然ですよ…ね…?
「前、俺に言ってくれただろ。
人の生死を本気で考えられるのは、人間の証拠だ…って」
「…ああ」
まだ出会ったばかりの時に張った伏線のことですか。
あの時の彼なら聞き流していてもおかしくないと思っていましたが…意外です。
「俺、ユリアシティで一人になった時。自分のこと、分からなくなった時、
その言葉がすごく支えになった。…ありがとう、ユノ」
あっ、と。思わず裏返った声が出ました。
衝撃です。びっくりです。今、この人なんていいました…?
「る、ルークが…ありがとう…っ!?」
「またそれかよっ!悪かったな、今まで性格悪くて!!」
やけになって叫ぶルークに、少しだけ面食らいました。
別にルークの性格が悪いだなんて、思ったことないんですけどね。
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