日々の一片


ようやく場所は変わり、ケセドニア。

恐らくルーク達が乗っているであろう船も見送り、やっと一息つけました。
溜息ですけれど。

「ダアトへの船なら、今は出てないよ。
 戦争が始まるかもしれないからね、商船だけで港はいっぱいさ」

とは、港にいた船員さんの言葉です。
なんということでしょう。
杖の飛行機能では、ケセドニアからダアトへの移動は不可能です。
バチカル港まで戻っても、あそこは商船すら運航していません。
完全にこの大陸に足止めされてしまいました。

ガン、と蹴りを入れた土壁が鈍い音をたてます。

崩れてしまえ、いっそのこと。
やっと帰れると思ったのに。やっと帰れると思ったのに!
ガン、ガン、ガン。
爪先に変わり、今度は額を打ち付けます。
衝撃や痛みで恨み言を掻き消そうという魂胆ですが、最早どうでもいいことです。

何かしてないと、叫びそう。

ばかやろう、って。叫んでしまいそうです。

「馬鹿野郎!!」

……あれ?
わ、私じゃありませんよ。目の前にある路地の、奥からの声です。
商人や旅人で賑わう商店街と打って変わって薄暗い路地は、
人目にはつかないものの、声は筒抜けとなっているようですね。
そっと覗き込むと、旅人らしい男性と、何かの生物がおりました。

なんなんでしょう、あの生物。
いくら砂漠でも異常といえるほどの厚着で、肌は少しも見えません。
着太りした体を振り子のように左右に揺らす、謎の生物。

男性は憎々しげに生物を睨み、歯軋りしています。

「剣を渡したのに、礼がオレンジグミとはなんだ!ふざけてるのか!」

そ、それはひどい。
地団駄でも踏みそうな怒号ですが、それに対してあの生物は、
グミはぁ、うまいぃ、などと間延びした声を返しただけでした。
あれは、ふざけてますね。
みるみる赤くなる男性の顔、というか行動が面白いことこの上ありません。

完全に観客気分で、路地裏を覗く私。

なんでもない、ちょっと不審なだけの、日常。

街の喧騒は止みません。

砂っぽい空気も、風も、青い空も、なんでもない、日々の一片。

それを全てひっくり返す轟音が響いたのは、どの瞬間でしたか。
道行く人みんなが膝を折り、その場に座り込みました。

凄まじい地鳴りです。
まるで、足元が崩されるような、今までとは段違いの地鳴り。

「な……、なん…なの…!?」

普段言わない独り言を言ってしまうくらい、
普段の敬語が思わず崩れてしまうくらいの、異常事態。


大陸が削られたかのような地震の中でも、
ケセドニアの空だけは、変わらない青で、澄み切っていました。

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