Unbreathed love syndrome | ナノ


▼ When all the hearts die:V


「わかってんだよそんなことは……。俺のしてることがどんなに無意味で、不毛か。当たり前だろ、俺のことだ……。でももう、捨てられない。恋をしていないと、生きていけない。……俺の恋がにせものでも、恋をしているときのこの感覚が、俺の酸素なんだ。誰かを想っていないと、心が独りぼっちになる。誰かのために息をしていれば、ひとりじゃないんだ。さみしくないんだ……。だから……うばわないでよ……」
「お前に恋された人間は、……俺には人間のことしかわからないから、人間の話をするるが……。お前に恋された人間は、一人残らずお前を嫌ったんだろう」
「…………そ、そんなこと」
「あるいは、不幸にあった」
「…………」

 スッと頭が冷える。俺の隣に住んでいた女の人。事故。おれのせい? ちがう。ちがう。ちがう。でも、でも。

「お前が誰にも恋をしなければ、お前は誰にも嫌われなかったし、好きなものを失って苦しむこともなかっただろ」
「……でも……」
「お前が自覚しているとおり、お前の恋は不毛だし、どうしようもないし、……果てしなくまわりに迷惑だ」
「……でも……っ、じゃあ! どうしたら、いいんだよっ……! おれのっ……なにが、いけないの……?! どこが、ヘンで、なにが、おかしくって……駄目なんだ……! どうしたら、誰か……が……俺のこと、愛して、くれるんだよっ……!」
「だから、無駄だと言っている」
「そんなの嫌だ!」

 隣人を壁に押し付ける力が、強くなる。隣人が痛みに顔をゆがめでもしたらすぐに放せるのに、彼は怖いくらいに無表情だった。体勢からして俺のほうが優位である状況なはずなのに、どうしてそんな顔ができるんだ。

「俺は誰かに『生きていい』って言ってもらわなくちゃあいけないんだ! そうじゃないと、生きている心地にすらなれない! 俺と言う人間がきちんと存在している気になれない!」
「……『生きていい』、ね……」

 はぁ、と隣人は溜息をつく。そのときだけ彼の顔に色がさしたような気がしたけれど、見間違えだったかもしれない。

「諦めろ。お前は……認められることなんかないさ、一生。お前のような人間には無理だ」
「嫌だ……嫌……」
「お前みたいな人間は宗教にでも時間を費やしていればいいんじゃないか? あるいは精神科にでも通え。医者が相手をしてくれる」
「ふざッけんな……! 『今』この瞬間俺が愛して欲しい人間は君なんだよ! わかってんのになんでンなこと言うんだよ! 回りくどいこと言ってねぇで、さっさと俺をフれよ!」
「へぇ、好きな相手に『自分をフれ』と言うなんて、どういう考えだ?」
「うるさいッ! 君になんか恋をしてたってつらいだけじゃあないか! さっさとこの恋を終わらせて、次の恋をしにいったほうがいい!」
「ふぅん。それは俺に嫌気がさしたってことかな」
「なんでそんなこと言うんだよ! さっきから酷いことばっかり! 君の事なんてっ……」
「ああ」

 隣人が笑ったような気がした。

「大ッ嫌い……っ……」

 語尾が弱弱しくなってしまった自分の台詞を聞いて、俺は頭が真っ白になっていくのを感じた。『すきなひと』に、俺は今なんて言った?
 隣人は今度こそ笑みを隠さなかった。呆然とする俺を見て、こらえきれないという風に笑い声をあげる。

「俺のことを嫌いと言ったな。もう撤回はきかないぜ。俺はきちんと聞いたからな……。さて、これでお前の恋心ってやつはなくなったかい?」
「……っ、は……」
「君は今まで相手から嫌われたり、突然去られたり、死なれたりといった失恋の仕方しかしてきていないみたいだったからな。だから『前の恋の相手』が恋しくなって、それに似たものに恋をしていたんだろう。で、その恋の法則ってヤツは、自分から『恋の相手』を嫌った場合に、どうなるんだ?」
「……っ……」
「自分から嫌ったんだものな。『俺』に未練なんかないだろう? 名残惜しいものも。俺にフられて、お前は俺に似たなにかをもっているものに恋をしにいく予定だったみたいだが……。嫌いなヤツに似たものに恋なんかできないよな」
「……このヤロウ……っ俺の恋を殺しやがって!」
「口汚いぞ、イロイ。まずは失恋おめでとう。早速だがコーヒーを入れなおしてくれ。豆自体は悪くないものを使っているだろう。今度こそ砂糖もミルクも一切ナシで頼む」
「オメデトーじゃねぇよ! これからどうやって恋をすればいいんだよ! アンタのせいでわかんなくなったじゃねぇか!」
「コーヒーが先だ」

 ぱしりと肩をつかんでいた俺の手を叩き落して、隣人はイスに座りなおす。床にコーヒーカップがひとつ、黒いシミの上に転がっていた。俺が立ち上がって隣人を壁に押し付けた時に落ちたのだろう。ヒビが入っていたり、欠けている様子はなかった。それと取り上げる。素直にキッチンに向かうという選択肢がないでもなかったけれど、俺はそれを再び床に叩きつけた。とてもコーヒーの入れられる気分じゃあない。かしゃんと嫌な音がした。カップは割れたかもしれなかった。

「……アンタ……なんで俺に……。わざとだな……? 嫌いって言わせた……」
「美味いコーヒーが飲みたかったからな」
「……入れてやると思ったかよバーカ…………。……アンタみたいなひとはじめてだ……。俺、あんまり誰かを嫌いって言うことなんかないのに……。……帰れよ。もう。俺に好かれているのが迷惑だったんだろ。目的は果たせたはずだ……」
「……イロイ」
「なんだよ……」
「お前が、こんなくだらない恋をしようと思った、理由、誰かに言ったことはあるか?」
「……だれにも……。アンタがはじめて……」
「誰かに言ってみろ。友人がいないわけじゃあないだろう」

 隣人はなにかを思い出したのか、肩を竦めてちょっとだけ笑う。

「お節介な友人が」
「…………、なんで……そんなこと……」
「いや、深い意味はないが……」
「…………アンタ俺に恋されてるのは嫌なのに、俺のコーヒーは飲みたいの?」
「砂糖とミルクが入っていなければな」
「……なんで?」
「わからないのか?」
「…………」
「べつに俺はお前が嫌いでもないぜ、イロイ」
「……っ!」

 隣人は……、堂々と玄関から出て行った。閉じられたドアの向こう側を、俺は信じられない気持ちで見つめていた。さっきまで死んでいたような気がしたなにかが、また急に動き出したのを感じて、混乱していたのだ。どうしてだろう。さっき、大嫌いと言ったはずの相手なのに。去って行く背中に、胸が痛んだ。

 だいたい……嫌いじゃないって、なんだよ……。
 つーかまだ名前聞いてねーじゃんか、くそっ。
 




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