楽園偏愛録 | ナノ


▼ 海の見える丘の上で

 
 そういえば、どうしてここに貴方を連れてくることになったのか、話したことはなかったね。ちょっとだけ独り言につきあってもらおうか。
 貴方の遺体を船に乗せてはいけないと言われて、私は途方に暮れた。貴方は故郷に帰るべきなのに、それもできなかったんだ。
 どうしたらいいか考えた。あなたにとってなにが一番いいのかを。貴方と親しかった人や、恋人なんかを、探し出して、聞こうかとも思ったけれど、それだと時間がかかりすぎるからね。
 私はハンググライダーから地上を見下ろして、この場所を見つけた。
 ここからは、海がよく見える。
 ちょっと行くと崖になってるんだ。波がぶつかって、そのしぶきがたまに風に乗せられて舞い上がり、かかるような場所だよ。
 その場所には、一本の木が生えていた。寂しそうな木だった。孤独で、けれど力強く、その場に根付いていた。
 私はその木の根元に、貴方を埋めることにした。首のない、胴体で二つに裂かれた、ぼろぼろの、貴方の身体を。
 火葬がいやだったんだ。
 貴方の体は、この土の中で、腐敗をする。微生物に分解されて、それはあらゆる植物が育つための養分になる。きっと、貴方の上に立っているこの木のなかにも、もともと貴方だったものが含まれている。
 貴方は自然のなかに還るんだ。
 貴方は土となり、草となり、河に流れる水になり、海になり……、そして、風になる。
 世界のどこかに、貴方がいるってこと。
 それを感じながら、生きていたいと思ったんだ。

 今度はね、南のほうに行こうと思う。太平洋の、うんと南。世界中をまわって、私は故郷を探している途中だ。行ったことのない場所になら、どこにだって行く。
 そうだ、最近ね、カメラを手に入れた。首からぶら下げて、片手でシャッターを切れるようにしてる。
 空から撮った写真、意外とこれがね、高く売れるんだよ。
 飛行機や気球じゃあ飛べないような場所、深い谷底なんかに、写真を撮りにいったりもする。

 旅は楽しいよ。色んなところに行ってるもんだから、その旅の経験を文字におこしてくれと言われることもある。でも私が世界中を旅しようと思えたのは、貴方のおかげだからね。貴方との出会いから、書き起こさなくてはいけないことになる。それはだめだ。貴方としたあの長い旅は、私だけの記憶なんだから。誰にもあげない。

 ここには、また来るよ。
 一年に一度は、必ず、貴方に会いに来ているもんね。
 この木の根元に座って、貴方に話をする。いろんな話ができているといいな。せっかく世界中をまわってるんだから。

 最近になってやっと、シルバー・バレットの背中にひとりで乗れるようになったんだ。
 私の乗馬技術がないのもそうだけど、あの馬はどうにも貴方に忠誠を誓っていて、ちっとも私に懐いてくれない。線路でディエゴと私のこと迎えに来てくれたときは、ちゃんと乗せてくれたのに、だ。
 どうしても急がないといけないときだけ、あの馬は私に背中を許してくれる。
 そういうときは、嬉しいな。
 貴方がそこにいてさ、まぁ今だけは許してやれよって、シルバー・バレットのこと、たしなめてくれているみたい。
 嬉しいよ。
 貴方の存在を感じられるすべての出来事が、嬉しい。
 幸福だと思うんだ。
 これからずっと。
 なにがあっても。
 貴方と旅をした記憶があるなら、私は幸せなんだよ。
 
 あのビーチで出会えてよかった。
 一緒に旅ができてよかった。
 私は笑って、そう言えるんだ。
 ずっと。
 
 それじゃあ、もう行くね。海辺の村で、シルバー・バレットを待たせてる。
 またね、ディエゴ。旅の無事でも、祈っていて。







 大波が崖を叩く。
 そのしぶきが舞い上がって、君の髪を濡らした。ああ水だ、ちょうど喉が渇いていた、でもこれはしょっぱいな、と、君は毒づく。君は少し後ろに下がって、助走をつける。
 君の足が、地面を蹴った。地面が途切れても、君はどこまでも行ける。
 両耳についたピアスが、太陽の光をうけて、光る。
 ハンググライダーの翼が、風に乗った。
 君が来たのは早朝のことだっていうのに、もう日が暮れそうだ。
 ハンググライダーの翼が、旋回している。ぐるぐるあたりを回って、一度、丘の木の上も通過する。
 それが君がいつもする、別れの合図。
 君の翼は、すぐに見えなくなっていく。
 どこまでも飛んでいける、君の翼が。
 風が凪いで、あたりは静かになる。
 君が去ると、風が止む。 君の周りだけ、風が吹いているようだな。
 一瞬だけ静かになった丘の上、木になっていた葉が、一枚ひらりと、落ちる。
 無風のなか、重力にしたがって、ゆらゆら落ちていく。
 それは君が今まで腰掛けていた場所に、するりと落ちて。
 まるで君がいなくなった隙間を少しでも埋めようとしているみたいだった。
 そうだな、強いて言うならこれも、別れの挨拶。

 Farewell.
 よい旅を。

 怪我と無茶だけはしないようにな、キト。



...fin


   

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