楽園偏愛録 | ナノ


▼ 06

 強くあるためには。
 ただ、強くあるしかない……。
 ここで銃をひいて、貴方に従うなんて、そんな選択肢は、私にはないんだ。

「……ふぅん、『これ』が君か」

 銃弾のかすった頬に触れながら、ディエゴはひとりごちる。

「……確かにな、誰だ、と言いたくなるかもな……。……はっ」
「……」

 心臓がばくばくいってる。手が震えた。それでもこの銃を、この覚悟を、取り落とすわけには、いかない。
 撃った。
 私がディエゴを。
 違う世界のディエゴだけど。それでも……。
 貴方じゃあない……。
 しっかり、額を狙って、撃った。……銃弾は……たまたま、彼にはあたらなかった、けど……。
 ……時を止めたり、しなかった……。なんでだよ……どうして……。

「俺の知ってるキトとは、少し違うらしい。君は完全に俺に心酔していて、俺に向けて発砲するだなんて、死んでもできない人間だった。……でも君は違うんだな」
「うん。違う。ぜんぜん違う。私は私のために生きているよ。私の世界のディエゴは、私にそういう生き方をさせてくれた」
「……そうか……」

 正しくなんかない。
 理解できる。
 私の行動は、正しくない。傷つけてる。慰めるべきなんだ、きっと。
 でも……いいんだ、これで……これで……。

「……ねぇ、貴方に車椅子を押されて一生過ごすなんて、絶対に嫌だよ? 私の夢の話をしよう。カンザスにたどり着く前のことだ。あの嵐の日、私は川に落ちた。両親のことを思い出したよ……思い出したんだ、私は……。それで、ずっと、自分のしたいことがなんなのか、考えてたけど……、やっと、わかったんだ、私は……故郷に帰る。両親の形見といっしょに。私の『価値』を見定めるためではなく、ただ『帰る』ために、私は故郷を見つけたい。それが私の『見そこねていた夢』……。私、すべてが終わったら、世界中に旅をしにいきたいんだ。ひとりっきりで、故郷を探す旅」
「キト、」
「なに?」
「君の世界の俺は死んだ」
「あの人が死ぬわけがない。大統領は貴方に嘘をついたんだ。貴方もそう思うだろ? 自分が死ぬわけないって」
「……クリストファー・ラムレイ」
「……なに?」
「イギリス人、男性、アリゾナ州に在住」
「なんだよ……誰だよ、それ……」
「これが、俺の最後の手札だ。でももういい。君は俺のキトじゃあないから、この手札は君に対しての取引の材料にしない。けれどこの世界の俺は、きっと君に対してこの手札を使わずに息絶えていっただろうから、なんていうのかな、これは俺の未練だ、ただの未練」
「……話が読めない……」
「この世界でも君は、ハンググライダーを手に入れるためにピアスの片方を売っただろう。急いでいて、売った相手の名前なんて、住んでいる場所なんて、確認しなかった。カンザスで大統領と取引したときに、君がピアスを売った相手のことを調べさせておいたんだ。クリストファー・ラムレイ。覚えたか? 君のピアスのもう一方はそいつが持っている。……両親の形見だっていうなら、揃えてから故郷に帰ったほうがいいんじゃあないか?」
「……っ……そんなの……教えなくていい……私は私の世界のディエゴから、ちゃんとそれを聞けるじゃないか! 貴方に教えてもらわなくても良いんだ!」
「……キト……」

 左腕に、右手の爪を立てた。皮膚をえぐる。痛みで、涙がひっこんでくれた。

「貴方……貴方ばっかり生きてて……ずるい……信じない……私は私の世界のディエゴしか信じない……私のヒーローしか……」
「『ヒーロー』」

 友人とお茶をしてるときみたいな様子で、やわらかくディエゴは笑う。

「君はやっぱりキトじゃあないんだな。彼女とは違う。彼女は俺のこと、自分にとっての『神様』だって言ってた」
「……神様と言い換えることは出来ないな。私、神様なんて信じてないもん。それに、神様には誰も憧れないでしょ」
「フン、君は、いっちょまえに……、まぁいい。俺にも時間はあまりない。もうすぐジョニィが追ってくるだろうし……」

 ……ジョニィ・ジョースター……。
 そうか、彼が……。

「キト、じゃあ取引をしよう。最後にひとつだけ、取引を」
「……」
「俺はこの遺体をマンハッタンのトリニティ教会まで運ぶ。レースが完結してからな。君がこれからどうするかは、君の自由だ。俺は君を探したりしない。けれどどこかで……、どこかでまた会うことがあったら、そのまますれ違っていってしまわないで、ちょっとだけ立ち止まって、話をしよう。君の世界の俺の話でもいいし、俺の世界の君の話でもいい」
「……そ……」
「で、俺が君へ差し出す君のメリットは……そうだな、なにがいい?」
「…………、」

 どうして。
 世界のどこにも、貴方の気配を、感じられないんだろう。
 でも、まだ、まだ……私は……。
 まだ、立ち止まれない。
 行かなくてはいけない。

「……『リスクを負うこと』」
「……?」
「先ほどディエゴ・ブランドーの銃は、同じ世界にふたつ存在していたせいで消滅した。貴方は銃を失った。……私の銃を持っていけ。リンゴォから譲り受けた銃だ。けれど爆発の衝撃で地面に身体を打ちつけたときに、どっか変になっちゃったらしい。さっきもちゃんと狙って撃ったのに、弾道がおかしくなって、貴方にあたらなかった。貴方はこの銃を持っていけ。もし銃を使わないといけない場面に遭遇したら、この銃を使え。どっかおかしくなってるかもしれないこの銃を。暴発とかするかも。貴方にはそのリスクを負ってこの銃を使ってもらう」
「……なぁ、俺は君と一緒にいたわけじゃあないし、君とは他人ってことになるんだが、このくらいわかるぜ」
「……」
「『貴方の大事な銃を消滅させてしまって悪かった。かわりに自分のを持っていっていい』と素直に言えないのはどうしてだ」
「……貴方が取引したいって言ったんだろ……」
「……それが君なんだな。変な感じだ。……なぁキト、君に言ってもしょうがないんだが、君が人質にとられたって、俺は君を助けることくらいできたんだぜ。君が自殺しなけりゃあ、君は五体満足でちゃんと生きてた。大統領の要求に乗ったのは遺体を得るためではあるが、君に会うためでもあった。死んだはずの君にもう一度な……。だからキト、その脚の怪我は、別の世界の君が自殺なんかした罰だ。そう思え」
「別に怒ってないよ」
「嘘付けバカ、獣みたいな目をしてる」
「……」

 ディエゴは黙って私から銃を取り上げると、自分の所持品に加えた。シルバー・バレットを呼ぶと、鞍の前に遺体を乗せた馬が近づいてくる。

「……君は君の道を行け」

 私のヒーローによく似た誰かは、最後にそう言って、馬を走らせた。
 ……バカ野郎、言われなくなって、ずっと。
 それは貴方がこの旅を通して、私に教えてくれたことだっただろうが。
 私の道は、きちんとすぐそこに、伸びている。
 破壊された線路。西の方角に、まっすぐ。
 貴方に私は必要なかった。最初から最後まで。
 同じように、私にも貴方は必要なかった。
 だって、人間だ。ひとりきりで生きている。誰かに縋って生きていたら、きっと自分を失ってしまう。
 それだけ。
 たったそれだけのこと。
 それでも私には、貴方が必要だったんだ。

 脚に刺さったナイフは、抜いたら出血がひどくなるだけだろう。けどひどい異物感がするし、邪魔だ。服を引き裂いて、太もものあたりを縛り上げ止血する。それからゆっくりナイフを抜いていった。
 立ち上がろうとする。でもどうしても膝立ちまでしかいかなかった。全身ぼろぼろだ。もう言い訳の仕様もなく。爆発で火傷。ナイフで血みどろ。全身は地面に打って痛いし。
 それでも生きてる。
 前に進めないわけじゃあない。
 腕を使って、身体を前方に運ぶ。地面を這いずるようにして、ちょっとずつ、進んでいく。
 長い長い線路の先を目指して。
 少しずつ、少しずつ。
 それが、私の道なんだ。



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