楽園偏愛録 | ナノ


▼ 05

 相応しい? 口先でかわすのがか? それが私か?
 そうだったな、それが私だ。
 でもそれじゃあ、前に進めないんだ。
 だからだろ? ディエゴ。だから貴方は私に、他の何でもなく、銃をくれた。

「貴方は大統領にこっちの世界につれてこられた、ほかの世界のディエゴなんだな?」
「……ああ」
「それを自覚しているのに、この世界のディエゴであるようなふるまいをした。私を騙そうとしたな」
「キト、」
「腕は持ち上がる。指は動く。引き金は引ける。離れて。私はディエゴを探しに行く」
「……君は、こっちの世界の俺がまだ生きてるだなんて思っているのか?」
「……、」
「大統領は俺を見つけたとき、『やっと生きているお前と会えた』と言っていた。その意味くらい君にもわかるだろう」
「……わからないよ」

 だって。
 あの人が負けるわけないだろ。大統領は倒した。けど大統領は死に際に別の世界からディエゴを連れてきていた。それだけの話だ。どうしてかは知らないけど。ディエゴはどこにいるんだろう? 列車に乗り込んで大統領と戦ったはずだ。この線路を辿っていけば会えるか。

「……君のそういう、疑り深いところは、好きなんだけどな……。今回ばかりは、余計だよ」

 ディエゴの銃口が、私の額にあてられる。
 今、自分の銃口が、彼に向いていることに、なんの迷いも疑いもないわけじゃあない。自分が正しいことをしてるかどうかに、自信が無い。貴方に銃なんか向けたくない。けど、これは貴方じゃあない。そうだよな? そうなんだよな? 私が信じるのは、私が一緒に旅をしてきた貴方だけだ。だから、今、目の前に居るこの男は、敵、で、いいんだよな。
 正しいかどうか、わからない。けど、私は、正しいことをするような、善良な人間じゃあない。
 だから。

「それでは、君を脅すとしよう。取引と言い換えた方が君にとっては応じやすいか。撃ち抜かれたくなかったら俺の馬に乗れ。マンハッタンまで、君と行く」
「その取引に応じることに私のメリットはない。そんなものは取引とは言わないな。素人か?」
「……なぁ、キト、本当にさ」

 ぐ、と、自分に向けられている銃身を手でつかんで、ディエゴは体制を変える。私と向き合うかたちになる。彼はしゃがみこんでいて、上体を起こしただけの私と、わざわざ目線を合わせてくれている。
 ああ、なんて舐められ方。相手にすらされてない。
 私の銃口は、震えている。手にうまく力が入らない。今、なにを考えたらいいのだろう。

「どうして君が銃を持っている」
「……?」
「……君が銃を持っているなんて知らなかった。銃にいい思い出がないんだろう? 何故持っている?」

 ……。なにを……。
 それは、リンゴォに言われたからだ。覚悟を持てと。そのために銃をとれと。
 ……貴方はそれを知っているだろう? 私の鞄の中にひそんでいた恐竜が、リンゴォとの会話を聞いていたから。
 ……何故知らない……?
 ささいな違いがある、私の世界のディエゴはそう言っていた。隣の世界との、ほんのわずかな差異。些細で、気にするほどでもないほどの……。
 別の世界での私は、偶然恐竜にリンゴォとの会話を聞かれなかったのか?
 それとも……。

「私も聞いていいか?」
「……」
「何故貴方が銃を構えている」

 牙は、どうした?
 貴方は引き金を引くより、相手の喉を手で潰した方が、早いじゃあないか。
 だから、恐竜化ができるようになってからは、銃なんて使ったこと無かった。
 そんなものより強い力を手に入れたから。
 こんな至近距離にいるのに。
 脅す道具が、銃、だって?

 ぐ、と、腕に、力をいれる。

「私が銃を持っているのは」

 ディエゴの力になんか勝てない。でもちょっとでも、近づける。
 私の持っている銃と、ディエゴの構えている銃を。
 違う世界にある、同じ銃を。

「ある人の隣に、居たいと、思ったからだ。そのためには覚悟が必要だった」

 するりと、重力を無視して、ふたつの銃が、引き合う。
 それらはもともとひとつの物体であったかのように、重なり、
 そして、消える。
 同じ世界にで、同じものが出会ったら、待っているのは消滅だけだ。

「……」

 自分の手の中、あるいは私の手の中から消え去ったふたつの銃の消失に、ディエゴはわずかに目を見開く。

「……今君が持っていたのは俺の銃か。この世界の俺が君に渡したんだな?」
「……。……そうだ」
「……」
「……貴方のスタンド能力、恐竜化じゃあ、ないんだな。しかも直接攻撃に関わる能力でもない。そうだったら銃でなんか脅さない」
「……ああ、そうだな」

 痛む体をはいずらせて、ディエゴから遠のく。
 この人の目的は何だ? 何故私をマンハッタンに連れて行こうとする。

「……キト、」
「……」
「覚悟ってなんの覚悟だ?」
「……?」
「死ぬための覚悟か?」
「……命を懸ける覚悟だよ」
「同じだ」

 なにも。
 見えなかった。
 それに、感じなかった。
 私は気が付くと地面に引き倒されていて、ディエゴの手が肩のあたりを押さえつけている。すごい力だ。
 ディエゴは仰向けに倒れた私に馬乗りになっている。

「キト、大統領の能力のことは知っているんだな?」
「……この世界の貴方から聞いた」
「別の世界があることも?」
「うん」
「……じゃあ、俺の世界の話をしても、理解できるな」
「……」
「なぁ、違う世界の人間でも、同じ人間だろ。些細な違いはあっても、君は君だろ、キト」
「……」

 そう、なのか?
 些細な違いがあっても、貴方は貴方、なのか?
 ……わからない……。

「だから、君に聞く。他に誰に聞いたらいいかわからないからな……」
「……」
「どうして死んだりなんかした」
「……え……」
「フィラデルフィアで、俺が大統領と対峙してるとき、偶然そこに君が通りかかってしまっただろう」
「……ああ」
「あの時君は、大統領に人質にとられた。ノロマだから、君は」
「…………ああ、そうか……貴方……」
「……俺は時を止めた。そういう能力なんだ。でも間に合わなかった。君の決断のほうがずっと早かった」
「……私は果樹園でリンゴォという男に会って、その人から銃を譲り受けた。ディエゴの足手まといになる瞬間があったら、死ぬくらいの覚悟はあった」
「君はどこに隠し持っていたのか、銃を取り出して、自分の身体を打ち抜いた。腰から肺にまで銃弾が到達していた。……君は呼吸ができなくて……、声のかわりに血ばかりが口からあふれて、この俺に最後の言葉すらくれなかった」

 あの時、フィラデルフィアで。
 私はちゃんと、銃を取り出した。自分自身を撃つ気でいた。
 でも恐竜のほうが、ずっと早かった。
 恐竜。
 ……は、最大の違いがあるじゃんか。

「貴方が人質にとられた私を見て、大統領をしとめるのを一瞬でも躊躇する瞬間を見たくなかった。私は……、きっと、貴方の世界の私はね、そんなときにね、私の体ごと大統領を貫くくらいの貴方の在り方が好きなんだよ」
「……キト……」
「でも、私は貴方の世界の私じゃあない。貴方の世界の私は、好きで死んでいったんだ。後悔なんかきっと1ミリもなかった。……それじゃあ駄目か? 納得できないか? 貴方が今組み敷いているのは、そいつによく似た他人だ」
「……重要なのは、」

 時を止める能力だと、貴方は言った。
 さっき私が知らぬ間に倒されていたのも、その能力を使ったんだろう。リンゴォは6秒間だけ時を戻すことができた。そういう能力があっても不思議じゃあない。対処の仕様がなくて困るけど。
 これも、そうか?
 いつの間にか私の右の脚にナイフが刺さっているのも、貴方の能力か?

「……声くらいあげろよ、痛いだろ?」
「……」
「この脚をこのまま放っておいたら、君はもう二度と立てなくなるかも。そんなの嫌だろ? 俺の馬に乗れよ。医者のところまで連れて行ってやる。俺と来い、キト」
「……い、や、だ、」
「……」

 びくんと、身体が痙攣する。ナイフの二本目が、今度は時を止められずにだけど、刺されていく、ゆっくりと、肉を切り裂いていく。膝の上あたりに、二本のナイフが刺さっている。血が流れている。

「重要なのは、君が生きている、ということだ。君の足が動かなくなろうと、君が生きていれば、俺はそれでいい。生きて俺の側に居ろ。簡単なことだろう。車椅子を一生押してやるよ」
「……なんだそれ、なまっちょろい人生だな」

 生きることは、戦うことだ。
 現状に甘んじていては、それ以上前に進めなくなる。
 私の求める『前』とは?
 そんなもん、決まってるよな。
 そうだろ、ディエゴ。

 背中のベルトにさしていた銃を、引き抜く。
 目の前の男は、特に驚いた風でもない。
 私が最初に彼に向けた銃が、ディエゴから貰ったものとわかったんだから、リンゴォにもらった方の、もうひとつの銃の存在を、知らないわけじゃあなかっただろう。
 それに、時を止められるのなら、銃を避けるのなんて、簡単だ。
 けれど。
 私は銃を構える。両手でしっかり持つ。男と目を合わせる。

これが、最初で最後の、銃弾だ。
貴方と私が、きちんとお別れをするための。

 銃声が味気なく、けれど草原にどこまでもどこまでも、響いていった。



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