楽園偏愛録 | ナノ


▼ 04

 大西洋が見えてきた。
 あの向こうから、私は来たんだったな。船を乗り継いで、サンディエゴのビーチまでたどり着き、そこで商売をした。
 そして、貴方に会ったんだ。

 小高い丘を避けるように、線路がゆるくカーブしている。脱線させるんだったらそこで、だな。
 ふと、自分の身体が人間に戻っていくのを感じる。ディエゴ……、手をとったときに、数分で恐竜化が切れるようにしておいてくれたのだろうか。確かに人間のほうが器用だしな。恐竜化していると、何故か止まっているものが認識できないし。
 時間が惜しい。先にハーネスをはずしてしまってから、乱暴に着地する。線路から離れたところにハンググライダーを運び、鞄だけ持って引き返す。空から眺めて、破壊すべきポイントはもう決めてある。ゆるいカーブのはじまりの地点。この部分の線路を破壊することができれば列車は脱線する。大統領はこの広い草原のなかで移動手段を失うわけだ……。列車にはルーシーとスティーブン氏も乗っているらしい。ってことは、大統領はどこかに向かっていて、かつその場所にはその二人も連れて行かなくちゃあいけないわけだ……。馬なんかでは不可能。奴に遺体は完成させない。絶対にだ。
 マジェントから譲ってもらったダイナマイトを全て鞄から出す。爆風はどうなるんだ? 線路の下の地面に半分埋めるようなかたちで、ダイナマイトを設置していく。汽車の走る音が聞こえてきた。早く、早くしなくちゃ……。ひとつ爆発したら、まわりにあるの全部爆発してくれるよな? 時間差はあるかもしれないけれど……。
 線路の向こう側を窺う。黒い列車が見えた。すごいスピードで向かってきている。急がなくては。
 ダイナマイトの導線の隣でマッチをこする。なかなか火がつかない。シケってんのか? 何本か試しているうちにも、列車はどんどん近づいてくる。
 ああ、もう。
 マッチを全部投げ捨てる。今から火をつけたって、爆発が間に合わないじゃあないか。線路から離れながら、私は銃を構える。
 最初からこうすればよかった。撃っちゃえばいいんだ。
 片手で耳を塞いで、ディエゴからもらった銃の、引き金を引く。
 一発目。ダイナマイトには当たらず、地面に着弾する。
 くそっ、銃の射程距離外か? もっと近づかなくちゃあいけない。爆発に巻き込まれるかもしれないけど……。
 二発目。線路に当たる。兆弾あぶない。
 もう一歩近づく。今度は両手でしっかり銃をもって、撃つ。
 ダイナマイトから火花が散ったような気がした。
 ぐん、と自分の身体が後ろに引きずりこまれるような感覚。足が地面から離れている。爆音が耳を劈いた。赤い炎の塊が、真っ黒な煙に包まれて、広がっていく。
 自分の手から、ディエゴの銃がするりと抜け落ちていく。
 地面に背中を打ちつけたということを最後に、私の意識はぷつりと途切れる。








 水の引いていく感覚で目を覚ました。
 水?
 私はまた、夢を見ているんだろうか。
 嵐のあの日。
 小船に乗った、両親と私。それから大勢の知らない、けれど同じ村に住んでいた人。
 大きな波。
 私を抱え上げる四本の手。
 すべては海から始まった。
 そう、海だ。
 喉が焼けるように、熱い。いや、辛い。しょっぱい。海水を飲んでる。
 上体を起そうとするが、身体のそこらじゅうが痛む。なんとか首だけ動かして、辺りをうかがう。海? 私は列車を止めに来たんだ。大西洋はまだ先のはず。
 服が濡れている。線路、線路を探す。少し離れたところに、爆発の衝撃でひしゃげた箇所のある線路を見つける。場所は変わってない。海がこっちに来たんだ。どうして? 津波でもあったのか? それにしては水が濁っていないし、水の引いていく様子を見ていると、どうも水だけが移動してきたっていうよりも、海そのものが近づいてきていたって感じだ……。

「キト、気が付いたか」

 死角から声がした。
 声が、身体が、震える。

「ディエゴ……」

 手が、私の頬に触れる。熱い。火傷をしているみたいだ。ひどくは無いけれど……。

「今度はどんな無茶をしたんだ? 全く……」

 ディエゴが私の上体を起こすのを手伝ってくれる。彼に寄りかかりながら、私は改めて周りの状況を確認する。
 爆発の衝撃でひしゃげた線路。そのそばに、横倒しになった列車の、先頭車両だけがある。後続の列車がない。この地点にたどり着く前に、誰かが連結部分を破壊したのか……。なんだ、ほんとに無駄だったな、私の行動。
 機関士らしき男が、その列車の先頭車両のそばでうずくまっていた。苦しそうに身じろぎしている。生きてはいるらしい。敵……ではないのかな。大統領に利用されていた人間か。

「大統領は死んだ。遺体も手に入れた。もう全部終わったよ、キト」
「……そうか。……ふふ、私は貴方が遺体を手に入れたら、奇襲をかけてそれを破壊するんだったな。このザマじゃあできそうにないけど……」
「……ああ」

 自分で身体を支えようとして、地面に手をつく。土の中に、固い感触があった。そっとなぞってみると、銃の形をしている。リンゴォから貰った銃はまだ腰にささってる。ならこれはダイナマイトの着火に使ったディエゴの銃か。よかった、失くさなくて。
 これで貴方が、世界を支配するんだな。
 貴方の支配なら、悪くないよ。少なくとも、私にとっては……。

「俺はこれからレースに復帰する。君のこともちゃんとマンハッタンまで連れて行ってやる。その怪我も医者にみてもらわなくちゃあな」
「……うん……」

 なんだか、優しいな、ディエゴ。
 貴方じゃあないみたい。
 貴方だったら、さ。私に……そんなこと言わないよね。
 最後まで自分手飛べって、きっと、言ってくれた。どんなにぼろぼろになっても、自分自身でたどりつくこと。それを貴方は、教えてくれた。貴方が出すのは口だけで、私は自分でここまで来れたんだよ。貴方は私を、そういう風にしてくれた。

「ディエゴ、いっこ、聞いていい?」
「ああ」
「銃は持ってる?」
「ああ。もちろん。それがどうした?」
「……そっか……」

 隣の世界。
 ここではない、どこか違う世界。
 よく似ているけど、違う世界。
 涙が流れた。

“違う世界の『自分』に会ってしまったら待っているのは消滅だ。大統領以外”

 大統領以外、か。
 それって人間じゃあなくても、含まれるのかな……。

 土をかぶっている、ディエゴから貰った銃をとる。
 銃口は迷わず、今、自分の身体を支えている人間に向けた。
 ディエゴ。
 貴方によく似た、違う誰か。
 貴方は私に銃をくれた。貴方が銃をもっているわけがない。貴方の銃はここにあるんだから。

「貴方は誰?」
「……キト」
「私から離れて。どうやってここに来た?」
「…………なぁ、キト」

 かちりと、音がして。
 いつの間にか私の目の前に、銃口が向けられている。もうひとつの、銃。彼の持っている、今私が持っているものと全く同じ、銃。

「できるのなら話し合いをしよう。君にはそれが、相応しい」
「……、」

 ああ、大統領は、こんなことまでできるのか……。
 隣の世界から連れてきた……、もうひとりのディエゴ。
 じゃあ本物の貴方は、どこだ?




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