楽園偏愛録 | ナノ


▼ 03

「あれから一度も、君には会っていない。あのビーチで再会するまで……。なぁ、キト。俺はずっと、君に会いたかったんだぜ」
「……なんで……。だって、ディエゴ、私そのときのことなんて覚えていない。でもピアスを取り返したいという、自分の利益のことしか考えていなかったに違いない。貴方のお母さんのことだってきっと見捨てた。貴方は私に復讐がしたいんだろ……?」
「そうだな。君に会いたいのは、復讐がしたいからなのか。それとも、あの日あったことに、なにか感じるものがあったのか。それはわからない。だがとにかくもう一度、君に会いたかった。キト・フライメアは公的な場には一度も名前が出てこないものだから、君はどこかで貧しく暮らしているか。死んでいるかだと思っていた。……前者だったな?」
「……貴族相手に商売をすることはあっても、道端でだ。名乗ることなんてなかったし、偽名を使うことも多かったから……」
「俺は君を恨んでいるのかもしれない。それは拭いようのない感情なのかもしれない。だがそれをチャラにできるなにかがあるとしたら、きっとあの日の記憶だけだ。君がごろごろ地面にばら撒いた、あの痩せた野菜の存在だけだったんだ」

 その、記憶が。
 私にはどうして、ないんだろう。
 思い出せたらいいのに。
 貴方との記憶を、共有できたらいいのに。
 なのに……。

「……さ、キト、思い出話はこれで終わりだ。……遺体を俺が手に入れたら、君への復讐、忘れてやっても良い。俺がこの世界の頂点に立ち、すべてを見下ろし、支配しつくす……。そうなったら君は俺に会いに来いよ。テーブルゲームでもしよう」
「……馬鹿。遺体を貴方が手に入れた瞬間、私は貴方の敵だからな。私の目的は遺体の破壊なんだから」
「そうだな。ではまず遺体を俺が手に入れるために、大統領を探そう。一度馬を止める。ハンググライダーを開け。恐竜化させるから、君は空から大統領を探してくれ」
「わざわざ言わなくたって、恐竜化したら貴方の支配下じゃあないか」
「『自我をもって自由に行動しろ』と命令すれば君の意識を支配しないことも可能だ」
「……それ、なんでいままでやってくれなかったの?」
「面白くて、つい」
「…………なにが面白いんだ……」
「……恐竜化しているときの君の記憶を読み取ると、俺の支配下にある君が一心に俺を想っているのがわかるもんだから……」
「……ぜんっぜん、面白くないっ」
「そう怒るな。大統領のスタンドが世界を行き来できるとはいえ、たとえばフィラデルフィアからワシントンへ瞬間移動、なんてことは出来ないだろう。奴はどこかへ向かおうとしていて、それには結局自分の足を使わなくちゃあならない。俺はともかく、君が付け入る隙があるならそこだ」
「……ディエゴ」
「なんだ」
「貴方と出会えてよかった。大好き」
「…………」

 ディエゴは無言で、ハンググライダーを開いた私に近づくと、思いっきり頬をつねる。痛いと私がわめくが、彼はそのまま私の恐竜化を開始する。皮膚の変質を感じるが、彼の支配下に自分の意識が飲み込まれていくような感覚にはおそわれない。恐竜化した右手で頬をさすりながら、それでも一刻も早く大統領を見つける必要があるので、翼を動かす。

 先の見えない、真っ暗闇。
 私の前にはそれしか広がっていないと思っていた。
 それでもただ足掻いて、生きてきた。いつか報われるって。

 すでに恐竜化に巻き込まれてしまっているが、ダイナマイトの入った鞄もしっかり身につけている。上昇しながら、眼下でディエゴが馬を走らせていくのを見守る。
 感覚がするどくなっている。
ディエゴからわずかにした、彼のものではないにおい……。あれが大統領のにおいなんだろう。空を飛びながら、鼻をきかせる。ああ、間違いなく大統領はこの近くにいる。けれど、おぼろげで……、はっきりとしない。ディエゴが奴をなかなか見つけられないのはこのせいか。隣の世界に行き来する力……。においの元がどこなのかわからない……。
 デラウェア河の上空を飛ぶ。大統領はどこに向かおうとしているんだ? 移動手段にはなにを使うんだろう。河に船が停まっているけれど……、あのうちのどれかを使うだろうか? それとも……。駄目だ。広い場所はディエゴにまかせて、私は細い路地裏とかを見回ろう。
 路地裏には、大統領らしき人間の姿はない。このへんに居るのはにおいでわかるのに……。これ以上追えないなんて……。恐竜の感覚があるから、双眼鏡をつかわなくても簡単に、ディエゴの姿を見つけられる。そう、彼のことなら見つけられるのに……。
 河にかかる橋の上に、ディエゴの姿を捉える。並走して誰かいるな。あれは……ホット・パンツか? 並走してるんだからディエゴと手を組んだってことか。そちらの方に向かう。ディエゴは上空の私にすぐに気が付いて、合図を送ってくる。私は降下し、低空飛行でディエゴと並んで飛ぶ。

「キト、走っている列車が見えるな? あれに大統領が乗っている。ルーシー・スティールとスティーブン・スティールも一緒だ」
「列車に?」
「ああ。俺たちは今からあの列車に乗り込んで大統領と決着をつける。君はどうする?」
「……、」

 ……もう、なにかをしろと、貴方は言わないんだな。
 それはそうか……。私はもう、私の目的で動いているんだから。

「列車に先回りして、どこかの地点で線路を破壊する。貴方たちがまた大統領を取り逃がすことになっても、もう列車は使わせない」
「上等だ。俺たちが失敗することはないから、君の行動は無駄に終わるだろうがな」
「……列車が脱線しても貴方たちは大丈夫だよね?」
「問題ないな? ホット・パンツ」
「ああ。スティール氏とルーシーのこともきちんと守ろう」
「ありがとう」

 翼を大きく動かす。三回目ともなれば、恐竜の身体にも慣れたものだ。上昇しようと思って、ふと躊躇う。

「ディエゴ、手を出してくれないか」
「手?」
「どっちでもいい、片方」

 飛びながらディエゴに近づく。ディエゴは不思議そうにしながらも言った通りにしてくれる。手袋をしたその手をとり、手の甲にそっと口付ける。あーあ、人間の姿のときにやっておけばよかったかな。まぁ、なんでもいいか。
 最初から貴方に、こう言ってやればよかった。

「幸運を」
「……フン、気が利くじゃあないか」

 ディエゴは私の腕を引く。そのまま口元に寄せて、今私がしたのと同じように、手の甲に唇を落とす。

「君もな」
「……うん」

 ディエゴが、するりと、私の手を離す。私の手、恐竜の手だったのに。躊躇わないんだな。まぁ、自分自身が恐竜になれるわけだから、あたりまえか。
 私は今度こそ上昇する。私のために、だ。私は私のために、大統領の邪魔をする。
 遺体は誰のものにもなっちゃいけない。破壊してやる。マジェントは遺体は奇蹟に守られていると言った。それでも……それでも、だ。
 目的を遂げよう。
 貴方から貰った翼で、私は飛ぶ。前に、前に。線路のずっと、先を目指して。



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