楽園偏愛録 | ナノ


▼ 02

 冗談めかして言ってたのかもしれないけれど、ディエゴは『大統領暗殺計画』とかなんとか言っていた。つまり私に物資調達するのに時間がかかるとか言っておいて、本当は最初からその間に大統領を暗殺しにいく予定だったわけだ。最初から。彼には恐竜の感覚がある。遺体がすべて揃っていることを察して、大統領を狙ったのか……? でも、見ただけではもちろん判断できないが、私が出くわした場面ではどちらかというと大統領に追い詰められているように見えた。遺体がすべて揃ったということは、ディエゴが大統領を暗殺する時期であると同時に、大統領が遺体に関わったすべての人間を抹殺する時期でもあるということだ。
 フィラデルフィア市街。ディエゴとの合流地点。彼は大統領を倒せるのだろうか。遺体がすべて揃っているなら、ジャイロとジョニィもこの街にまだ居るはず……。一体誰が最終的に遺体を手にすることになるのだろう。
 気になるのは、遺体が揃っているという事実はほぼ確定であるのに……まだなにも起こっていない、ってことだろうか。遺体が揃えば、間違いなくなにかが変わってしまう。私の意識しないところで、かもしれないが……。でも、それはまだなのか? 自分のスタンド能力を使って大統領がわざわざ自分でディエゴを始末しにかかっているってことは、遺体は揃っているけれど、完成はしていない、って具合なんだろうか……。
 完成?
 遺体は揃えるだけじゃあ駄目なのか?
 もうひとつかふたつ、なにかが必要なのか……。
 
 地面を馬が蹴る音が聞こえてくる。一応警戒しつつ、聞こえてきた方を振り向く。

「ディエゴ」
「キト……、無事だな」
「ああ」

 貴方こそ、汗だくだ。でも、怪我はない……な。

「大統領は?」
「取り逃がした。今においを追っているんだが、駄目だ。あいつ……。とにかくキト、とっとと俺の馬に乗れ、時間がない」
「の、乗るの?」
「ああ、馬を走らせながら話す」
「わかった」

 鞍の前に乗せてもらう。ディエゴは周囲に気を配りながら、馬を走らせた。大統領のにおいを記憶しているなら、ディエゴから大統領が逃げられるはずが無い。なのにまだ、大統領は見つからないのか……。

「隣の世界?」
「そう。君は信じないかもしれないけれど、言っておく。この世界によく似ているが違う、隣の世界だ。その世界を行き来できるのが、大統領の能力。隣の世界には大統領も、俺も、君も、普通に存在している。違う世界の『自分』に会ってしまったら待っているのは消滅だ。大統領以外な。そして遺体は、この世界にしか存在しない」
「……隣の世界に、遺体は存在しないの?」
「ああ。別の世界は遺体の変わりに宝石か何かが集められていた。俺たちの今いる『ここ』が、基本の世界なんだ。特別な場所。だから遺体は別の世界に持ち運んだりは出来ない」
「……すると、『どうなる』んだ? 大統領はそれを使ってどう攻撃をしてくる?」
「一番厄介な点だけ伝えておくと、奴は自分あるいは他のものを『はさむ』ことで隣の世界と行き来できる……。そしてその世界はおそらくひとつだけではなく無限にある。大統領が負傷などした場合『入れ替わる』ことができるんだ……。別の世界の自分と……。性格も考え方も同じな自分と」
「そんな……。じゃあとっくの昔に、この世界の大統領は死んでるってこと?」
「そうなるな」
「……馬鹿な……自分の命投げ捨てすぎだろ……」
「そこが奴の強みだろう。倒すには即死させるしかない……。はさむという行為を行わずに、だ」
「……貴方、倒せるの、それ……」
「あたりまえだろ。この世界にしか存在しない遺体。奇蹟でできた遺体。必ず手に入れてやる」

 くそっ。なんだよ。
 大統領に逃げられたってことは、一度貴方、大統領に負けたってことじゃあないのか? なのに……。倒す気でいる。私はそれを、微塵も疑えない。
 貴方のことだから、もう倒す方法を考えてる。大統領にだってきっと弱点はあるはずだし……。
 私は、どう動くべきだ? 遺体の破壊が目的ではあるが、今遺体は揃って大統領の元にある。大統領は今どこにいるんだ?

「君にこれを預けておく」

 後ろから差し出されたのは、ディエゴが所持していた銃だった。恐竜化ができるようになってからは、ずっと使われていなかった銃だ。

「大統領にウェカピポの鉄球は通用しなかった。当然銃も無駄だろう。君が使え。有効にな」
「貴方がもってなよ。私はもうリンゴォから貰ったのを持ってるし……」
「そう、それ」
「は?」
「リンゴォ・ロードアゲイン。」
「な、なに」
「そういえば君はマジェントだけでなくあの男とも親しげだったな。銃を譲り受けるくらいには。……少なくとも初対面の俺よりは、だ」
「いや、だからそれは……」

 ……おいおい、この流れ……。マジェントのことを問われたときと同じじゃあないか?

「だが、そんな奴の銃より俺の銃のほうが使いやすいに決まっている」
「いや、身になじんでいるのは今まで持ってたリンゴォの銃だし……」
「いいから持ってろ」
「……わかったよ、……ありがとう」
「ああ」

 銃をとることは、私にとっては、覚悟だ。それは貴方にも話していたはず。
 ……私はこれからどうする。大統領には立ち向かえそうも無い。けれど……。できることはある。彼はディエゴから逃げるかたちをとっている。何処かに向かっているんだ……。向かわなくてはいけない場所がある。そうでなかれば完結しないんだ。遺体は集めただけでは駄目……。
 大統領の移動手段はなんだ?

「……なぁ、キト、初めて会ったときのこと、覚えていないか?」
「なに、いきなり。覚えてるよ勿論。ビーチで貴方と会った。はじめは貴方にいい印象はなかったな、そういえば……」
「そうではなく、初めて会ったとき、だ。やはり覚えていないか。君は俺と『取引をした』」

 取引をした。
 ロッキー山脈で、私が貴方に鎌かけようと、どこかで会ったことがあるのではないかと思って、初めてあったのはいつか、聞いたことがあった。そのときも貴方はそう答えたんだ……。『取引をしたとき』って。『レース初日』ではなく……。

「昔の話だ。君が覚えてもいないくらい昔」
「……昔?」
「ああ。俺の母が農場で働いて亡くなったことは言ったよな」
「…………うん」
「母が死んでから数日後、俺はひとりきりで母の死体を埋め終わった。何日もかけて、子供の手で、土を掘り起こし、母を埋めたんだ。農場の連中になんか母の死体を渡したら、肥料にして畑に撒かれたりするかもしれなかったからな。俺は泥だらけの手のままで……何日も飲まず食わずだったことに気が付いた。食欲は湧いてこなかったが、しかし生きるためになにか食べなければと思った。そんなとき農場の片隅で、変わったピアスを見つけたんだ。地面に落ちてた。片方だけ」

 はっとして、私は片方しかついていない自分のピアスに手をやる。
 両親の形見。今は半分だけになってしまった、それ。ずっと大切にしてきた。それだけは失くしてはならないと思っていた。故郷への手がかりとして……。

「俺がそのピアスを持って眺めていると、同い年くらいの女の子が一人歩いてきて、俺の手の中のピアスを見つけると、すこし驚いたような顔をしてた。キト、それが君だった。俺はそのころにはもう母を見捨てたの人間の名前を覚えていた。けれどそのなかのどれが君の名前なのか知らなかった。だが俺が聞く前に君は自分で名乗ったんだ。キト・フライメアだって。……ふ、まるでなにか重要な宣言がこれからなされるかのようだった。君は大事な話を初対面の人間とするとき、とりあえずしっかり名乗って信用を得ようとするよな。あの頃からそうだったんだ」
「……覚えていない……本当に私だったの?」
「ああ。ピアスがどんなものだったかはしっかり覚えている。幼い俺は、自分の手の中にあるピアスのもう片方が君の耳についているのを見て、ああこれはこの女のものかと思って、一応な、素直に差し出そうとしたんだ。なのに君は……。……服の中に隠し持っていたらしい、畑でとれた野菜を次々に地面に転がして、並べて……」

 ディエゴの笑い声がかすかに聞こえる。ほんとうにおかしそうだ。私はちっとも覚えていないのに。
 後ろから、私の肩にディエゴの顎が乗せられる。貴方は私の耳元で、笑いを含んだ声で囁くように言う。

「君はそのときこう言ったんだ。『取引をしよう』って」
「……取引……」

 ああ。そうか。そうするだろう、私なら……。相手が素直にピアスを渡してくれるわけなんかないって、思うだろうから……。それはあたりまえのことだ……。だから全然、覚えていない……。けど、そんなことが本当にあったのだろうか。

「俺はなんだか可笑しくなってしまって、それに応じたよ。持ってる野菜全部寄越せって言ったら、君は頷いた。とにかく頷いたんだ。……それで、俺は君から貰った野菜にそのままかじりついた。痩せた土地でとれた、ほとんどひからびた野菜だった。それでも俺はそれを血肉にして、生き延びたんだ。母の死体を埋めるために、何日も仕事をサボっていたからな。当然しばらく飯は抜きだと農場の雇い主からは言われたよ。そのあいだ、俺は君に貰った野菜で食いつないだんだ」

 ディエゴの声を、間近で聞きながら、私は必死に農場での記憶を呼び起こそうとする。しかし、叶わない。私にとってはどうでもいいことの一部でしかなかったんだ、そのときは……。

「俺はあの時、あの瞬間、君に会うまで、農場にいる人間全員に復讐してやるつもりだった。けれど君が、俺の命を繋いだ。もちろん、君がいなくたってどうにかして生き延びてはいただろうけど……。あの時君がいたこと……。それは確かに、俺にとっては何か……『価値』のあるものだったんだよ、キト」



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