楽園偏愛録 | ナノ


▼ 01

 ベンジャミン・フランクリン・パークウェイのほうから歓声が聞こえる。ディエゴが一着でセブンス・ステージのゴールを果たしたからだ。タイムボーナスはこれで二時間。二時間だ。圧倒的な差。この局面でこれは美味しい。
 さて、彼はこれからどうするつもりなんだろう。
 そして、私は。

「取引がしたい」

 足元にあるダイナマイトが詰まった麻袋をつま先でちょんと蹴って、マジェントのほうに向き直る。フィラデルフィアまで来てやっと会えた。この町には今スティール氏がいる。なんとか間に合ったってかんじか。

「やっぱタダじゃねーんじゃん……」
「いや、金をとるとかじゃあなく……。これ、全部必要か? 私の鞄に入るだけでいいから、いくらか譲ってくれないかな」
「ああ、そういうこと? あんたダイナマイトとか使うの? マジテロリじゃん」
「なにかあったときのためにね。銃は狙って撃たないといけない。けどダイナマイトなら火をつけることができればそれでオッケー」
「ふーん……。まー俺は身体に巻くぶんだけあればいいからさ。あ、つーかそれ手伝ってくんない?」
「巻くの?」
「そう」
「巻かなくてもいい。いくつか束ねてコートの下に隠しておけば充分だろう。巻いたら身動きが取りづらくなる」
「そっか……じゃーそれでいこっかな。なら半分くらいあんたにやれる」
「よし、じゃあこの鞄に」
「あっ」
「なに?」
「恐竜入ってる」
「ああ、爆薬入れるんだし、一応出しとくか……、おいで」

 ぴょこりと鞄から飛び出してきた恐竜の前足が、私の肩をとらえる。人目につくところで肩に動物乗せていたくはないんだけれど……。まぁ、ここは一応人の居ない場所だし、いいか。あとで服の中にでも隠しておこう。

「あんたも持ってんじゃんか……。あの人から恐竜もらったの、俺だけかと思ってた。なんだよもー」
「マジェントもそういや一匹渡されてたっけ」
「しかも俺のよりでっかい」
「元はウサギだよー」
「交換しよぅぜ」
「……いいの? 貴方がせっかくディエゴから貰ったもの、人にあげちゃうの?」
「ぐっ……、ずりぃ」
「まぁまぁ」

 鞄のなかにダイナマイトを詰め込む。で、マッチをポケットに入れておこうかな。いつでも火をつけられるように。頼むから偶然の衝撃でドカンといかないでくれよ……。

「……そのダイナマイトさぁ」
「うん」
「俺みたいな防御完璧スタンド持ってたら、大量にあればあるだけいいけど……。あんたはそんなに必要ないよな」
「そう?」
「まるで自殺用みたい」
「…………」
「なぁ、きっとあんたがさ、どっかで人質としてつかまっちゃうと、そらあの人の迷惑になるだろうけどさ。なにも自殺する用意までしなくていいだろ。しかも爆発って……。ショッキングな死に方じゃん」
「……同じくダイナマイトで殺そうとしてるくせに、ショッキングな死に方だとか言うなって」
「そーだけと……。俺はウェカピポの野郎に復讐してーからさ。それはアリなんだよ……。まぁなんだ。あんま死なないようにしてあげたら」
「……でも、それでディエゴの足を引っ張ることになったら意味が無い。マジェント、私の目的は遺体の破壊なんだ。ディエゴにはそう言ってる。もちろん私もそうしたいからそう言ってる。彼が遺体を集めたら、横から奇襲をかけてその遺体を破壊してやるって……。あの人がさ、私なんかに出し抜かれるわけないじゃん。だから私は安心してそれを狙っていられる。けど、彼が遺体を取得する過程で私が彼の足手まといになる瞬間があったら……。私はきっと、迷えもしないと思う」
「ふーん……。あんたにも俺みたいなスタンドあったらよかったのにな」
「……そうだね」

 スタンド能力があったら、ちょっとは彼の力になれたかもね。
 でも、私にその資格はないわけで……。
 だったら今の自分の力で、できることをしないといけない。
 ディエゴとの合流場所はフィラデルフィア内の一角だ。彼はすぐに出発するつもりだと言っていた。けどその前に物資調達をしたいらしく、合流する時間まであと何時間かある。私の方の準備は整っている。彼が物資調達をしている間に、できることはあるか。
 ……ここからマンハッタンまで、休みなしで駆け抜けるつもりなら、私はそれにきちんと追いついていかないといけないわけだ。遅れることなく……。
 ……。すぐに飛び立てるように準備をしておこう。
 どこか高い場所を探さないといけない。ディエゴとの合流場所からさほど離れていなくて、風のよく通る場所……。




 独立宣言庁舎付近の店の屋根の上を貸してもらう手はずを整えて、私は街を歩く。
建物が密集しているけれど、広場がひとつあって、子供たちが元気よく遊んでいる。あの広場に向かって風が吹いている。うまく飛べるだろうか。かつてない低さの場所から飛ぶことになる。どうやって風に乗ったらいいか……。ただこのへんの地形はデラウェア河に向かうほど低くなっていて、河の方に向かって飛べば、なんとか飛行できるのではないか……。一度飛んでしまえば、どこかでまた風をつかまえればいい。
 ハンググライダーを背負い、ダイナマイトを詰め込んで重くなった鞄を抱えて歩いていると、どうにも人の注目を浴びる。そういえば大統領って、今どこにいるんだろう。このフィラデルフィアに居るとしたら独立宣言庁舎、だろうな。じゃあ私はここから離れた方がいいかな……。大統領に私の存在がどう認識されているのか、というかそもそも認識されているのかという問題があるけれど。大統領のスタンド能力も未だわかっていないのに、近寄りたいとは思わない。
 少し早いけど、そろそろディエゴとの合流地点に向かうか。彼がこれからどう動くのかも聞いておかなければ……。場所は確か……。

「うわ、」

 服の中に隠していた小さな恐竜がいきなり飛び出してくる。おいおい、通行人にまた変な目で見られるだろうが……。でも、どうしたんだ? いきなり。なにかを警戒しているように見える……。近くに敵がいるのか? 私の敵って誰だ?
 とにかく恐竜を呼び戻そう、と思ったとき。
 元はウサギだった、ずっと私についてきてくれた、その恐竜の、
 首と胴体が、なにか鋭利な刃物で切り裂かれたように、一瞬にして分離した。

「な……っ、」

 あわてて周囲を警戒する。今の、なんだ?! 誰かの攻撃か? 私が狙われているのか? どこから? 事切れた恐竜に目をやる。駄目だ。わからない。ただ、恐竜が……裂けている。死んでいる! どうして……。

「キト!」

 聞きなれた声が、呼んだ。顔をあげる。視線の先にディエゴが居た。ウェカピポと一緒にいる。マジェントは失敗したのか。死んじゃあいないだろうけど……。ああ、そうじゃあなくて、今は、何者かに……攻撃を受けてるんだ。たぶん狙われてるのはディエゴだ。敵は……大統領? ジャイロとジョニィにこんな攻撃ができる能力はない。大統領が! ディエゴを始末しようしているのか?! だとしたらもう遺体は全部集まったのか?

「……ディエゴ……」

 だとしたら私は、ここにいちゃあいけない。足手まといになるから。大統領と戦うときの、ディエゴの足かせになりかねない。彼がどんなに否定しようが、それが事実だ。
 背中がわの腰にさしてある銃に、手を伸ばす。
 見えない攻撃をしかけてくる大統領から、私が逃げることは不可能だ。いや、ひとつだけ方法がある。私がこの戦線から離脱する、シンプルな方法が……。ダイナマイトをわざわざ用意してきたわけだけれど、今なら銃で自分の頭を打ち抜いている余裕がある。
 やるなら今だ。
 腰から銃を抜く。

「キト! 『合流場所』は覚えているな」

 目の前に、ディエゴが居た。……恐竜の身体能力、ふざけてるな。100Mのタイムどのくらいだ?
 銃を持った私の腕をつかんで、もう一方の手で、私の頬に触れる。乱暴で、叩かれているみたいだった。

「ハンググライダーを開け。3秒以内。できるか?」
「……っ、ああ、もちろん」

 素早く銃をしまって、背負っていたハンググライダーを開く。道端でいきなりそんなことをしだした私は通行人の注目を浴びるハメになっているが、どうでもいい。
 ディエゴが触れている部分の皮膚から、さぁっと波打つように恐竜化されていく。背骨がハンググライダーの骨組みと一体化する。広げたばかりの翼が、自分の皮でできている、という感覚になる。
 二度目だ。飛び立つには、そうかからない。
 ディエゴの手が離れていく。
 ああ、その目。
 ちょっとの隙もなく、鋭い目。
 ここで大統領を始末する気だな。
 そして、大統領が所持しているであろう遺体を、総取り……。

「倒せるのか?」
「ああ。大統領暗殺、決行だ」

 なら、いい。
 それを私は、心から信じることができるんだから。
 翼の動き、一回で、空に飛び立つ。ディエゴの支配力を感じる。ただただこの場所から離れろ、という命令だ。翼を必死に動かして、その命令を忠実に守る。
 高く、高く。
 誰の手も届かない場所へ。

 

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