楽園偏愛録 | ナノ


▼ 04

 今日は、アパラチア山脈の麓にある町で、ディエゴと合流する予定だった。セブンス・ステージのゴールであるフィラデルフィアまであと少し。この町にディエゴが辿りつくのは夜中だろうと彼は言っていた。早朝から飛び続けて、今はまだ日が落ちてから短い。かなり先を急いで、この町まで飛んできた。どうしても彼より先にたどり着く必要があった。少し前に寄った村で、この町の付近でトンネル開通工事が行われているという話を聞いたからだ。
 ホテルに小さな恐竜を留守番させて、その工事現場とやらに向かう。

「ええ、ちょっと家の建て直しをね……。私は依頼されただけなので詳しいことは知らないんですが、どうやら山ほど必要なようで。どんな豪邸に住んでいるんでしょうねぇ、私の依頼主は。で、元の家を壊すために、必要だから仕入れてこいって言われたんですよ、ダイナマイト。しかも今すぐですって。トンネル工事には使っていらっしゃるでしょう? しかも大量にあるはずだ。それで、数日間待てば貴方たちはすぐにそれをまた仕入れることもできる。でも私は今、必要なんです……。……お金、多めに払いますんで、わけていただけないでしょうか? ええ、このお金すべて、お支払いすることが出来ます。譲っていただけるのなら、のお話になりますが……。……ありがとうございます。では、今でいいですか? はい、わかりました。取引成立ですね」

 マジェントとの約束は、どうやら果たせそうだった。すでにとってあるホテルとは別の安い宿。マジで山ほど入手してしまったダイナマイトをそこに一旦保管する。鞄がひとつ増えますよってかんじか。ディエゴに悟られないでマジェントにこれ渡すって無理じゃあないか? ま、空と陸、私たちは基本別行動だし……。どうにかなるかな。ベッドの一角をまるまる占領している、ダイナマイトが入った麻袋。扱いに注意しろと言われた。下手に衝撃をあたえると爆発してしまうって。しかしその作りは案外単純。使い方も導火線に火をつけるだけ。素人でも扱える。はず。
 夜が深まってきたころ、恐竜を残していったほうのホテルに向かうと、廊下でディエゴと出くわした。タイミングのわるい人だな。

「キト、射撃の練習でもしてきたのか? 硝煙のようなにおいがする」
「……近くにいい空き地があったから、ちょっとね」
「嘘つきめ。火薬のにおいはしても硝煙のにおいはしないぞ。何故偽った」
「……また鎌かけた……」
「悪いか?」
「……工事現場に行ってたんだ。爆薬を譲ってもらえないかって。断られたけどね。そこでダイナマイトを使っていたから、そのときのにおいじゃないかな」
「……ふぅん?」

 ……マジェント、この人騙すって、けっこうキツイんだけど……。私まだ踏ん張らなきゃあ駄目かい……?
 自分の荷物を持ったまま、気だるそうに、ディエゴは顔を近づける。
 ……ディエゴはダイナマイトのにおいを知っているんだろうか。ニトログリセリンのにおいとかわかっちゃうんだろうか。だとしたらもう無理かもな。ごめんマジェント。

「なぁ、君がなにを隠していようと、それが君の思惑なら、それでいいんだ」
「……ん……?」
「だが君が、君以外の思惑で、俺になにか隠しているとしたら……」
「……爆薬が欲しかったのは私だよ。銃より強力な武器になるかと思って。もちろんそれは、聖人の遺体を貴方が手に入れたときに、私が貴方に『仕掛ける』ためのものとして用意するつもりだったから、貴方には秘密にしたかった。なにかおかしいこと言っているかな?」
「……『聖人の』遺体ね……。……キト、君の部屋は?」
「この廊下の一番奥」
「見せろ」
「……ああ。貴方は先に自分の荷物を置いてきたら?」
「そうだな。……じゃ、君も」

 そう言ってディエゴは私の手をとる。もう一方の手で私に鍵を投げ、目の前の部屋のドアを開けろと言った。
 ……私が自分の部屋になにか隠している、と思っているな。荷物を置いている間に、それを隠されないように、私を引き止めたいわけか。
 わざわざ別の宿をとってよかった。ここまで手間かけて隠すようなことでもないんだけどね……。
 ディエゴは自分の部屋のベッドに、荷物を乱暴に投げ入れると、私の手を引いたまま廊下の奥に進む。

「この町に来る途中、ウェカピポに会った」
「……マジェントの相方だった人?」
「……ああ。マジェントは死んだものだと思っているようだ。実は生きてるなんて知りもしない……。で、そのあと、マジェントにも会ったよ」
「彼、この街に居るの?」
「ああ。何故か君に会いたがっていた。思い当たることは?」
「さぁ……。特に無いけど。病院で彼にフランスの商人を騙したときの話をしてやったんだ。それが面白かったのかな?」
「……君の部屋の前だ。キーは?」
「貴方が開ける?」
「ああ」

 ディエゴに鍵を渡す。部屋の中に入って、彼はテーブルのわきにある椅子に座る。なにかを探す様子はまったくない。ドアを閉めて、私はベッドの上に腰掛ける。

「マジェントか?」

 肩が震えそうになる。ちいさな、どうでもいい、そうバレたっていい嘘だ。マジェントがダイナマイトを欲しがっていて、私がそれを入手することになっている。マジェントはディエゴに好かれたいから、そのことを彼には隠したい。
 それだけの話だ。

「遺体についての詳しい話を、奴から聞いたんだろう。そのおかげで君の目的が『遺体の破壊』に定まったわけだが……。気が合ったのか? 随分と仲良ししてるみたいじゃあないか」
「……それを聞いてどうするんだ?」
「さて、どうするんだろうな」
「……?」
「マジェントとなにを話した?」



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