楽園偏愛録 | ナノ


▼ 03

 私が無価値であるのが……。
 私の、せい……。

「俺には乗馬のセンスがあった。そう母親から言われたから、技術を磨いて、貴族に取り入った。財産を手に入れるために、老婦人と結婚したこともある。君はどうだった? 自分が無価値のままでないために、なにをしてきた?」
「……、」

 ……きっと……。
 なにも、していなかった。ただ、生きることに必死で……。故郷を探すために、金を稼ぐことだけを……。でも、故郷を探し出すよりも、もっと手っ取り早い方法はあったはずなんだ。

「お得意の嘘で、金持ちの愛人になることくらいできただろう? そういったことは『汚い』と感じたか? 不健全であると? 君はその道を選ばなかった。それが気高さかどうかは、ちょっと微妙なところだと俺は思うぜ。君は逃げたんだ。故郷を探すことが唯一自分の『価値』に繋がると思うのが楽だったから、そっちに逃げた。人間の『価値』が生まれながらに決定しているものと思い込み、這い上がることをしてこなかった。そりゃあどう足掻いても無価値さ、キト。君はただの取るに足らない、つまらない人間なんだから。そうだろ?」

 私の手をとったまま、ディエゴはやけに優しい口調で、諭すように私に告げる。
 言葉の中身がナイフでなかったら、それはきっと悪魔の囁きに似ていただろう。
 私は彼の手を握り返せなかった。
 貴方は正しい。私にとっては、ずっと貴方が、正義だった。

「君の中には劣等感がある。自分が無力であるという自覚が、端から端まで詰まっている。君はそれでいいのか? 『そのまま』の自分で満足できるのか? 故郷を見つけたからといって、それは解消されるものなのか?」
「……じゃ、じゃあ……私、は……」

 一体、どうしたら……、と。
 聞きたい。
 聞いたら貴方はきっと、答えをくれるんだろう。
 でも……。
 『そのまま』の自分で……いいのか……。

 強い、ということは、どういうことなんだろう。
 私は……。

「私に……できることは、なにもない。私には、なにも……、貴方の言うとおり……。金がすべてと、言いながら、本当はそれ以上に、強くある必要があること、わかってる……。でも、どうしても、駄目なんだ。もし、本当に、お金がすべてなら、私のような無力な人間でも、なにかできるって気になるじゃないか、その、お金が、あるだけで……。だから、私はずっと金だけを求めてきた。それ以外のものは信用しないで、金だけを……。そうすることで、自分が無力であるという事実から、逃れたかった……」

 手を、引く。貴方から、引く。
 ディエゴは私の手を握る力を、ただ強めた。獲物を逃さない肉食獣みたいに? いや、なんとなく、違う気がする……。じゃあ、なんだ?
 貴方のこと、もっと知りたいのに。
 ひとかけらも、わかった気にすら、なれない。

「……今も、そうか?」
「……今って……」
「金がすべて? それだけが君の力か?」
「……そうだ。今も変わらず。私は無力であるしかない」
「そうか。……キト、強くあるには、ただ、強くなるしかない。それだけ言っておく。どうしたらいいのかは、自分で考えろ。……君がそうなりたいのなら、の話だが」
「……うん……」

 力なくとも、できることは。
 そんなものは、ない。
 何かを成し遂げる人間は、強いものだ。それは、力の強さかもしれないし、精神のタフさかもしれない。あるいは決断力、信念があるかどうか。
 私にそれはない。
 ならば、これから得なければならない。なんらかの方法で……。
 ……もしかして、そのための『目的』か?

「あのさ……」
「ああ」
「なんで私は、貴方についていってもいいんだろう」
「……どういうことだ」
「だって、今の聞いたら、貴方、私の事ちゃんと、無力な人間だって、わかってるじゃんか。そばにおいても、なんの利益もない人間だって……。なのに、どうして私、あなたに付いていっていいんだろう。貴方は私を足蹴にして、置いていってもいいのに……」
「……キト、俺は卑屈になれとは言っていないぞ」
「……でも……」
「……くそ、面倒だな……。そんなことを言わせるために、話したんじゃあないぞ、俺は」

 掴まれていた手が、引かれる。視界の端で、ディエゴの空になったコーヒーカップが投げ出された。今までそのカップを持っていた彼の手は、今、私の頭の上にある。輪郭を確かめるようにそっと、触れているようでもある。なにがしたい? それを、貴方は言わない。私はわからないまま。髪がすかれる。何故? どうしてそんなことを?

「ずっと言っているだろ、『気にいった』て……。そうじゃなきゃあここまでついてこさせるか。俺はな、君がどうなっていくかに興味があるんだ」
「……興味? なぜ」
「理由は求めるな、ただ受け入れろ。君はそれだけ、俺が君を気にいってるってことだけ、わかっていればいい」
「……、うん……。あのさ」
「ああ」
「遺体を破壊するからな。私」
「そうだな。俺は君が仕掛けてきたら、全力で相手をしてやるよ」
「…………、笑ってんなよ……」
「だってきっと、相手にならないし……。いや、君の事をナメているとか、そういうんではないんだが」
「……」
「でもやはり、君に目的を定めろと言って正解だった。こんなに面白い目的を見つけてくるとはな。このDioと対立、か」
「……覚えてろよ」

 カップを片付けて、出発するために荷物もまとめる。はるか先までずっと雪原が続いているように見える。しかしそれはどこかで途切れ、この道の先に、このレースのゴールがあるんだ。
 たどりつくためには?
 私は、強くなんなくちゃいけない。
 このままは、嫌だと、確かにそう思うから。
 



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