楽園偏愛録 | ナノ


▼ 02

 私は銃をとった。
 それだけじゃあ覚悟が足りないって言うのなら。
 まだ、いくらでも。

 ディエゴは雪原でコーヒーを飲んでいた。呑気なように見えるけど、小休止にすぎない。マッキーノ・シティからずっと全力で馬を走らせている。彼はこのセブンス・ステージで一位を勝ち取るつもいでいる。そうしたら彼はのボーナス・タイムは二時間……。最早優勝おめでとうってかんじだ。追いつけないかと思った……。

「遅かったな。コーヒー飲むか?」
「……うん」
「……まぁ、座れ。なにか決断を下してきたんだろう。そういう顔だ」
「……そんなのわかるの?」
「鎌をかけた」
「…………」
「……俺が目的を決めろと言ったこと、気にしていたか?」
「…………貴方は遺体を得て、なにをしたい?」
「なんでも。それは君には関係のないことだし……。ただこの世への絶対的権力があの遺体なら、俺はそれを他の誰にも渡すわけにはいかない。必ず手に入れる」
「……うん。わかった」

 火にかかっていたポットの中のコーヒーを、カップに注ぐ。私は、コーヒーは砂糖を少しでもいいから入れたい方だったけれど、ディエゴはなんにも加えないで飲む。なのでこの場に砂糖はない。そのまま口に含む。苦い。でも、温かい。

「……私の目的は、『遺体の破壊』だ」
「破壊? 遺体が欲しくなったのかと思ってた。いらないのか?」
「ああ。この世に神様はいらないんだよ。栄えるのも滅びるのも、人間が自分の責任でやっていかなくちゃあならない。ひとりひとりが考えて行動して……、その結果がどうなろうと、そうでなくちゃあいけないんだ」
「ふぅん。俺の目的はレースの制覇と遺体の獲得だから、君とどこかで対立することになるな。それでもか?」
「そうだね。貴方が遺体を総取りしたら、その瞬間から私は貴方のそばで遺体の破壊を実行するかも。貴方はスタンドを使うなり銃で撃つなり、好きなように私を止めたらいい」
「ああ。そうする。君は遺体を破壊するために、これから遺体を総取りしようと考えているこのDioについてくるってわけだ。なるほどな」
「……いいの? そばに置くの?」
「君なんか取るに足らない存在だからな。俺の脅威になるとは思えないし、実際にそうだろう」
「……そっか」
「ではこれからは君は、目的をもって俺に付いてくるというわけだ。自分のための目的に」
「……ねぇ、なんで目的を定めろなんて言ったの?」
「目的もなしについてこられては気味が悪いと思ったのと……。あとは、君自身が、そうであったほうがいいからだ。人は何かに飢え、何かを求めているときが、最もタフで、力強い」
「……タフ……」
「ああ……。なぁキト、コーヒーを飲んだらすぐに出発するつもりだったが、少し話をしないか」

 ディエゴは二杯目のコーヒーを注いで、こちらに目をやる。私は半分以上残った自分のカップのなかに視線を逃がしながら、黙って頷いた。
 雪の中で、私は砂漠の夜を思い出す。するとディエゴの口からもその言葉が出たので、私はすこし驚いた。

「砂漠でだったか、君は言っていたな」
「……砂漠で……」
「『人間には生まれたときからの変わりはしない『価値』がある。それは生まれた場所、両親が誰なのか、そういう細かい条件に基づいて決まる』、だったかな」
「ああ……」
「その考えは今も変わっていないのか?」
「変わっていない。モノの価値は時の場合により変動するものだし、そうでなくてはならないが、人間は違う。誰が成功者で、誰が失敗者なのか、きっとそういうのは生まれた時点で決定してるんだ。だからこそ私は『生まれた時点での決定』を覆すために故郷を探したい。貴方みたいに、自分でその『価値』を覆してしまう人間もいるが、そんなのはほんの一部だ。農民は農民にしかなれないし、政治家は両親が政治家だからそうなってる。医者も家業だっていうし……。落ちこぼれの人間が成功者になろうと単身飛び出したって、結果は知れているだろ? そういうことだよ」
「……君は、故郷を探さない限り、自分の価値が覆らないと思っているのか?」
「……、それは……」

 わからない。いや、わからなくなった、んだ……。ディエゴと居て、自分が無価値なんかじゃあ、もしかしたら……ないのかもしれないって、思うように、なった。けれど……それでもそれは、ディエゴのそばにいることでしか得ることの出来ない『価値』だ……。彼が居なくなったら、私は再び無価値に戻ってしまうのでは? 彼と離れたくない理由は、そこにあるのかもしれない。

「なぁ、俺はずっと、君がどうして自分のこと、無価値だって思ってるのか……考えていたんだ」

 口元にコーヒーカップを寄せて、その声は囁くようだった。風が吹いていないわけじゃあない。辺りは決して静寂に包まれてなんかいなかった。なのにその声は、やけに鮮明に聞こえた。

「なぁ、キト、『価値』なんかないんだぜ、誰にも」

 ディエゴの声はとても小さくて、深海に沈んでいく船みたいだった。放っておくとどんどん見えなくなっちゃいそう。だから私は、彼に手を伸ばす。服の端をつかむ程度のつもりだったのに、ディエゴはその手をとる。

「良くも悪くも、生きているなら人間は皆平等さ。そこからどう這い上がるか、あるいは堕落するかは、そいつ自身の問題だ。出生も、環境も、良いものであれば利用してやるだけ。生まれながらに持っているものは単なるラッキーでしかない。それをどう使いこなすかが肝心なんだ。なぁ、つまり『価値』が誰にもないって話、それは初期値のことなんだ。そこからどうなるかはそいつ次第。それは俺も君も、同じだ」
「……初期値……」
「ああ。なぁ、キト、君がもし自分のこと無価値だって思っているなら、それは全部君のせいだぜ」




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