楽園偏愛録 | ナノ


▼ 01

 病室のなかにはたくさんの患者が収容されている。何人部屋なんだろう? 十人単位だな、きっと。うめき声が聞こえる。不健康なにおい。並んでいるベッドのうちひとつにマジェント・マジェントが横になっている。顔には包帯が巻かれていて、表情はほとんど読めない。椅子を出してきて、そのベッドのそばに座っているのはディエゴだ。私は彼らから少し離れた場所にいる。ディエゴの意図した結果なのか知らないが、マジェントはかなりディエゴのことを好いている様子だった。だったら二人きりにしてやったほうがいいだろう。
 ディエゴの馬はもう回復した。彼はまた全力でこのレースに挑める。
 遺体集めにも。
 彼はどうするんだろう? 遺体集めはもうほとんど終わりかけているから、誰かが集めたのを横取りするのかな? でも、じゃあまずどの遺体を誰が持っているのかを知らないといけないわけだ。恐竜の嗅覚があればすぐにわかるのか……。でも、私には知りようが無いな。
 どうするべきか……。私は。
 話を終えたのか、椅子を片付けてディエゴがこちらに近づいてくる。なんかちょっと満足げだな。マジェントを上手く手なずけられたのか?

「どうやら面白い話を盗み聞いていてくれていたようだ。彼に一匹恐竜を渡しておいた。上手く情報をつかんでくれると良いが」
「……面白い話?」
「ジャイロがウェカピポに『ルーシー・スティールを守れ』と言ったらしい。ルーシー・スティールだぜ? どう思う」
「そのルーシーが、政府の『裏切り者』ってことか……。彼女まだほんの子供じゃないか。怪しまれなかったんだろうな。……ってことは、彼女の夫が、彼女にそれを命令したのかな? 遺体を持っているのはスティーブン・スティール?」
「わからないが、スティールのことはマジェントに調べさせることにした。で……、あいつ、君に用事があるみたいだ。俺は先にこの町を出発しているが、きちんと追いついて来いよ」
「マジェントが?」
「ああ、君、空であいつとどんな話をしていたんだ? 君をもう一度恐竜化すればわかるか」

 伸ばされてきた手から、反射的に身を引く。ディエゴはわずかに眉を顰めたあと、にやりと笑う。

「嫌?」
「……今じゃあなくてもいいだろう。ここは病室だぞ」
「すぐすむのに」
「……、どっちにしろ、マジェントと話したのは貴方が私の恐竜化を解いてからだ」
「じゃあ、君の鞄に入っていたチビの恐竜が聞いているかな。ま、あとでゆっくり聞かせてもらうよ」
「…………、」

 ……別に構わないはずなんだが、なぁ。遺体についての話はともかく(マジェントは改めてディエゴに伝えただろうし)、運命うんぬんについて話していたのを知られるのは、どうにも……。
 病室から出て行ったディエゴを尻目に、マジェントのベッドに近づく。スタンドを発動していれば絶対衛生的な状態を保てるわけだから、この人、傷の治り自体は良好になるだろうな。
 鞄のなかに両手をつっこんで、中にひそんでいる小さな恐竜の耳……のあるであろう場所をふさぐ。そのままマジェントに向きなおった。

「用があるって?」
「ああ……。頼みがある」
「うん」
「俺のスタンドには攻撃手段がない。それどころか、一対一の戦いだとどうしても守りに入らなくちゃあいけない……。俺はよぉ、ウェカピポに復讐がしてーんだ……。やつがルーシー・スティールを守ってて、俺がスティーブン・スティールを調べるなら、どっかで出くわすかもしれねーし……。そんで、俺がやつに勝つにはどうしたらいいか考えたんだけど……。あんた、商人なんだって?」
「まぁね。……なにか欲しいものがあるのか?」
「ああ。いろいろ考えたんだけど、ダイナマイトなんかいーかな、と思うんだ」
「……ダイナマイト?」

 ニトログリセリンの染み込んだ大鋸屑がつまってて、火をつけたら爆発するやつ?
 銃は使わないのか? いままでそうやって戦ってきたんじゃあ……。いや。
 マジェントがスタンドを発動した状態で攻撃ができなくちゃあいけないんだ。だから、着火から爆発まで時間のかかるダイナマイトを選択したのか……。

「悪くないな」
「だろ? できるか?」
「……、」

 ……これ、もしかして、あの時と同じなんじゃあないか……。
 ……路地裏の子供たちに、銃を売ったときと……。
 ……私が武器を売った人間は、死んでいく……。
 銃で撃たれた奴が死ぬことなんて、どうでもいい。けれど、私が銃を渡した人間が、死ぬのは……。どうにも、後味がわるいからな。
 ……まぁ今回は、銃じゃあないし……。

「ねぇ、あんたのスタンドって、どんくらいすごいんだ? 絶対に死なない?」
「死なねーよ。そういうスタンドだもん」
「……。わかった。ダイナマイトを仕入れてくる。ただし武器としてのものではなく、工事現場なんかで使われるやつだ。武器は商品として取り扱いたくないんでね……。それでもいいか?」
「えーっ、金とんのかよ」
「ああ、いや、遺体のこと話してもらったから、それはいい。いつまでに用意すればいい?」
「俺が回復したら、スティーブンを調べに行くつもりだ。その前にまたあんたとあの人に会いにいくよ。そのときに渡してくれ」
「このことをディエゴには?」
「ん〜、どーすっかな。でもさ、あんたの力借りてウェカピポに勝ったんじゃあなく、自分の力で勝ったってあの人に思っててもらった方が、俺はいーんだよなぁ」
「じゃあ黙っておく。ディエゴには秘密でダイナマイトを用意する。沢山だな?」
「おお、山ほどだ」
「了解」

 病室を出る。ディエゴはもうこの街を出発しただろうか。私もとっとと追いつかないと、どこかに高台を探して……。
 貴方を追って、飛び立とうとするの、これで何度目だろう。
 もう、このレースは終わりに向かっている。
 私は、自分のゴールがどこなのかも、まだ、見えないままなのに。

 

[ back to top ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -