楽園偏愛録 | ナノ


▼ 08

「……俺はよぉ」
「……ん、」
「遺体について、理解できてるってワケじゃあ、ねーんだよな……。大統領が言ってたこと、コッチで勝手に解釈しただけっつーか」
「うん」
「……それでもいい?」
「話してくれると嬉しい」
「ん、ん……じゃーあれかな、あの人にも、ちゃんと説明できるように、リハーサルな、今から」
「うん」

 遺体のこと。
 ずっと気に掛かっていた。
 このレースが開催された裏の意味。あらゆる人間が欲しがり、集めようとする……、遺体。
 集め終えたとき、なにが起こるのか。

「まず、遺体ってのは聖人の遺体なんだよな。死後最低二度奇跡を起こした人物の遺体。神聖なものだから奇跡も起こすし、腐らない」
「奇跡っていうのは、スタンド能力を発現させるとか、そういうこと?」
「ん〜、スタンド能力ってのは、遺体ナシでも発現するんだよ、俺がそうだったし……。それに、たぶんもっとすげーことも起こる、全部集めたらさらにすげーことが」
「……とんでもない奇跡?」
「聖人の遺体を所有してる国は、千年の栄光が約束されるんだってさ。でも、俺たちが今求めている遺体は、もっととんでもねーもんなんだって。たとえばさ」

 マジェントは一度、言葉を切る。
 言うのを躊躇っているのか。私は耳をすませる。どんな言葉も聞き逃さない。遺体についての情報……。ひとかけらも残さずマジェントから貰って、自分のものにする。

「……たとえばイエス様とかがさ、この世界にもう一度降り立ったら……世界はどうなると思う」
「……イエス様……? つまり、この世に、マジで神様が現れちゃうってことか。そうなったら……」

 価値が。
 ものごとの価値が……。
 昔、王様の権力は、神様から授かったものだと思われていた。王様の存在に神様を重ねて、王様の支配力を確かなものにしていた。
 それが、もう一度、できてしまうってことか。
 私みたいな無神論者もいるこの時代に、それが成立してしまう。

「すべての価値は、神様……遺体を所持している人間が決められることになる。なにが平和で、なにが善で、なにが幸福か……。すべての価値観がたったひとりの人間によって支配される……」
「大統領は、その支配する元を、このアメリカにしたいんだって。この国の繁栄。絶対に約束される栄光。それが欲しい、と」

 民主主義、資本主義を乗り越えて……、もうひとつ、新しく……世界のあり方が提示される。

「あらゆる人間は、そうなってしまった運命に、従わざるを得なくなる。否応なしに……。だって神様が正しくないわけない、から……」
「まー俺は半分信じてないトコロもあるし、市民権と権力くれるって大統領に言われて従ってるだけなんだけどな」
「……あらゆるモノの価値は、交渉によって決められるべきだ。あるいは、需要と供給のバランスをとる。値段を提示するのは商人か買い手であり、よってモノの価値、つまり値段を決めるのは、いつだって人間であるはずなんだ。……あんたはどう思う? モノの価値が、誰か一人によって、……神様なんかによって、決められていいとおもう?」
「どっちでも……。だってもし誰かが遺体を集めちゃって、あらゆる物事の価値が変わっちゃってもさ、俺たちはそれに納得してしまうわけなんだろ? そうなったらもうどうにもならないし、納得できるならそれでいい」
「どうにも、ならない……。遺体を集め終えてしまったら……?」

 じゃあ、どうにかするには?
 アメリカが世界の中心になる? それはどうでもいい。そうなったらアメリカに移住して、また商売を始めるだけだ。
 けれど……。
 この世界に神様がいて、知らず知らずのうちに、自分がそれに支配されている、なんて状況……そしてそんな状況になんの疑問も抱けないなんて……。気持ち悪くてしょうがない。
 人を支配するのは、同じく人であるべきだ。神ではなく……。神がもし、存在すると、しても……。それの神聖が疑う余地のないものだとしても!
 人間のことは、人間が決めなくちゃあだめだ。

「マジェントさん、もうひとつ質問がある。遺体が腐らないってのはさっき聞いたけれど……だとしたら遺体を破壊することはできないのか?」
「ん……。俺の考えでもいい?」
「ああ。聞いておきたい」
「遺体が腐ってねーのはさ……、遺体がなんかすげーからそうであるっていうよりは、遺体が奇跡に守られているから、奇跡的に腐ってないってだけなんだと思う」
「……つまり、破壊することはできるってこと?」
「これも、ただ俺がそう思うだけだけだけど、『傷つける』ことはできるんじゃあねーかな……。けど遺体は奇跡に守られている。奇跡そのものでもいーかな? だからもし遺体を『破壊』……しようとするやつがいたらさ、奇跡が起きるんだと思う……。奇跡が起きて、その遺体を破壊しようとしたやつは、その思いを遂げられない。遺体の主はすべてにおいて正しい存在であり、破壊することは間違いなく『悪』であるから」
「……わかった。『理論上可能』と捉えておく」

 私は『奇跡』なんか信じていないからな。
 すべては、結果にすぎない。何があろうと……。
 話しているうちに、マッキーノ・シティが見えてきた。着陸時の衝撃を考慮して、マジェントにはまたスタンド能力を発動しておいてもらうことにする。ゴールだ……あそこが、シックススステージの、ゴール。
 今回もなんとか、たどりつけた。
 マンハッタンまで……きちんとディエゴについていくために。
 彼は目的を決めろと言った。
 できないなんて、もちろん言わないよ。でも、貴方はどうして、私にそんなことを言ったんだろう。
 私の目的が、貴方の目的の障害になるかもしれないのに。貴方についていくだけの従順な奴では、いけないってことか?
 まぁ、なんでもいい。この先も、貴方についていくことが、できるなら。





 

 彼が私に『目的を定めろ』と言った理由は、今ならばなんとなくわかる。目的を定めろと言われたとき、私は遺体のことを気にしていた。ディエゴについていくことだけが目的の旅だったが、それでも遺体のことは気に掛かったのだ。
 だからこそマジェントに、遺体について訊ねた。あれは私が遺体について詳しく知る、たった一度のチャンスだった。
 そして私は、マジェントから話を聞いたのだ。
 そうしたことによって変わったことというのは、確かにある。
 ……その『変わったこと』の内容が……ディエゴの欲しかったものなのかどうかは、わからないけれど。
 私にとっては、どうだったろう。自分の行動に、悔いなんてないけれど……。
 貴方はこの結末を望んだのか?
 それはきっと、永遠にわからないんだろうな。


 

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