楽園偏愛録 | ナノ


▼ 07

 圧倒的な支配のもとにある。意識は半分どころか、ほとんど持ってかれているだろう。「飛べ」というディエゴの命令に、ただただ忠実に従うために、すべての神経をつかって翼を動かしている。ある程度上昇したところで、その支配力がぷつりと途切れた。視界がやけにクリアになった気がし、自分の意思で飛んでいる、と認識できる。翼の感覚はもうなく、私はいつものようにハンググライダーで滑空している。バーにはぎりぎり手が届く。私の下には一人の男がロープによって私の体と固定されている。男の被っていた帽子が、ひくりと動いた気がした。風の仕業ではない。

「もしかして、スタンド能力を解いている? 怪我はいいのか、マジェントさん」
「……あの人が止血してくれたから……」
「うっかり死なないようにね」

 政府に雇われている奴だとディエゴは言っていた。スタンド能力も持っているし、利用価値は高いんだろう……。怪我が治ったら、ディエゴのために動いてもらわないとな。そのためにも、ここで死なれちゃあ困る。しかし、ディエゴはこの男をどう使うつもりなんだろう? スタンド能力は防御の面ではほぼ完璧なようだけれど、攻撃手段はふつうの人間と変わらない……。銃とかになるはず。リンゴォのスタンドも直接攻撃に使えるものではなかった。けれど彼は射撃能力が高かった……。彼の志が生むタフさもある。この男はどうだ? ディエゴのためになにかをするような人間か?

「……彼が人を助けようだなんて言い出したのは、今回が初めてだ。貴方は運がいい」
「……本当に死にそうだった……。雪の中何日も取り残されて……、スタンドを発動していれば死なないけど、その間俺は動けないし……。死にかけながら、少しずつ這って……人のいる場所を探してた……」
「……その間、他のレース参加者たちは貴方の側を通りかからなかったんだな。だとしたら……本当に」

 幸運だろうな。だが皮肉でもあるのではないか。ディエゴがこの男を見つけることができたのは、ジャイロとジョニィによって馬をつぶされ、その結果ジョニィとジャイロよりもかなり遅れて馬を走らせることになったからだ。しかし、この男に傷を負わせたのもまた、ジャイロとジョニィ……。

「……まだ街にはつかねーの?」
「まだだ。見えてきていないだろ? もうちょっとかかるよ」
「さっきの翼は? また勢いよく飛べばいいじゃん」
「……たぶん、街に着いたとき私が恐竜の姿のままだと不便だから、ある程度上昇した時点でディエゴが恐竜化を解いてくれたんだ。あれは彼の能力で、私がどうこうできるものではないし」
「ふーん……。やっぱヒコーキのが早いか……」
「ヒコーキ?」
「知らねーの?」
「うん」
「でっけー翼がついててさ……、あんたのハンググライダーより、きっとでっけーやつだぜ。すごい勢いで飛べるんだ。機械なのに」
「機械? 機械が空を飛ぶわけがない。重たすぎる」
「飛ぶんだよ、それがさぁ……」
「ふーん……」

 空が飛べたら。簡単に飛べたら。
 ものごとの価値に変化が生じるな。例えば、戦争なんかをするときに……。その飛行機ってやつを使えたら、早すぎて誰も打ち落とせない、空を飛ぶ乗り物が使えたら……。砦やら防壁やら関係なく、上から爆弾を落とせるってわけだ……。そうしたら、戦争はこれまでとはまったく違ったものになる……。戦争において重要なのは兵士の強さではなく、機械技術になる……。
 変容……。
 そうだ、遺体……。あれがすべて揃ったら、なにが変わるんだろう、世の中が、今までと……。

「ねぇ、マジェントさん、飛行機ついでに、遺体のことについて教えてよ」
「え……あんたに?」
「……ディエゴも知りたがるんじゃあないかな」
「ん〜、そっかぁ、そうだよなぁ……。でも、それはあの人に、俺から話せばいーじゃん」
「ずいぶん彼を気に入ったんだね」
「だってさ……俺は本当に、死ぬかと思ってたんだ。それを彼がたまたま通りかかって、助けてくれた……。俺と彼は運命の赤い糸でつながれてんだよ」
「運命ね……。偶然って解釈はないの?」
「ぐーぜんでも変わんないかもしんないけどさー、じゃああんたはさ、なんであの人と一緒に行動してんの? どこで出会ったんだよ? その出会いはどうだった? 運命じゃあなかったのか? 奇跡的な確立のなかのアタリを引き当てて、あんたはあの人と出会ったんじゃあねーの? 俺もそうだってだけじゃん」

 運命……?
 いいや、そんなはずはない。

「違う。私は、私たちの人生は、あらかじめ誰かによって道筋を決められているものなんかじゃあないはずだ。たとえ『価値』は……、その人間の『価値』は、決まりきったところに収まらざるを得ないものだとしても、運命だなんて……」
「あー、あんた、有神論者? キリスト教? カトリックかい、プロテスタントかい? どっちでもいーけど」
「……いいや」
「でもさ、その、運命がなにかってのを考えるときに、『自分以外のなにかとんでもねー誰かによって自分の人生が操作されている』って感じるってことはさ、その操作する側の誰かの存在を肯定してるじゃん。それって神様以外にいないだろ? だから」
「神なんていないよ。だから運命なんて信じない。それだけだ」
「じゃあさ、あの人との出会いが……。あんたとあの人との出会いが、あるいは俺とあの人との出会いがさ、運命だって思ったときに、そのときに、あんたその出会いを、悪い物だって思う?」
「……いや」

 ディエゴと……。
 出会ったことが、わるいことだとは、思えない。

「じゃあ、その出会いはさ、運命だとしてもさ、自分にとっていいことならさ……。その運命を決めたのは、きっと『自分自身』だと、思わね?」
「……神様じゃあ、なくて?」
「自分自身。悪いことがおきてさ、それが運命だって言われたらさ、その運命を決めたのってきっと神様じゃん。でも、いいことがあったら、きっとそれは自分が決めた運命なんだと思うぜ。自分自身で欲して、手繰り寄せた、運命の赤い糸! あ、あの人との赤い糸は俺のだから、あんたにはやんねーけど」
「……じぶん、じしん……」

 私自身が欲した、運命。
 ディエゴに、会いたかった、のか。手繰り寄せた、運命の……。私のが赤い糸じゃあないってんなら、それはきっと……、朱い、意図だった。
 ハンググライダーのコントロールバーを握る手に、力をこめる。
 『奇跡的な確立の中のアタリを引いて』……貴方に出会いに、私はあのビーチへ、行ったのかな。

 数十分前まで一緒にいたのに。
 今、無性に、……貴方に会いたい。




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