楽園偏愛録 | ナノ


▼ 01

 旅支度にはなにが必要だ?
 もしそこに旅行カバンがあるのなら、思いついたものを片っ端から突っ込んでいけばいい。移動手段にもよるが、持ち上げられる程度の重さであればそこんとこの考慮もしなくていいわけだ。
が、『レース』についてこれは通らない。これは長い旅になるだろうけど、旅行ではありえない。参加者は必要最低限までに荷物を『選別』してくるだろう。それに、レース参加にはちょっとした金がかかる。参加者たちがこの場に持ってくる金は多くても、買い物にそれを裂く余裕があるかどうかはわからない。ならば私が用意すべき商品は、手綱や鞍、それを固定する金具など……、旅ではなくレースそのものに関係のあるもののほうがいいだろう。さきほども述べたように長い旅になる。『もしも』のためになにが必要か彼らは考える……レーススタートの直前まで。そんなときに露店で手綱や鞍、金具の『予備』を見かけたら? どうだろうか。食指は動くかな? 値段は手ごろなところに設定しておこう。彼らが商品を買うときの逡巡を少なくして、衝動買いをさせてやれ。
 あと、狙い目なのはレースを見に来た観客たち。どのくらいの人数が訪れるのかはわからないが、かなりの人数になるだろう……。このへんは本当に予想がつかない。多めに見積もるくらいでよさそうだ。なにせ、こんなレース、今まで開かれたことなかったんだから……。だからこそ私はこのレースを利用して『儲け』ることを考えたし、他にもレースに利点を見出している人間はいるはず。そう、遠く海を越えて、ただの商人である私の耳にまで入ってくるほどの話題性! アタリかハズレか見当もつかないが、賭けてやってもいい。というか、単純に面白そうだ。海を渡るだけで財産が底を尽きそうだから、こちらに帰ってこれるかどうかは、その賭けの中身になる。
 観客はどんな人間が来るんだろう? 大人、子供、いや、実際に買い物をしやすいのは誰だ? 真剣にレースを見に来ている人間より、話題性に引かれて遊び半分でサンディエゴ・ビーチに訪れる人間を狙ってみようか。そういうやつらのほうが余分な金も持っているだろうし。彼らはどこから来る? 海を越えて? 遠い国から? 食べ物を扱うのは避けたいな。暑さで腐ったりしたらたまらない。クレームがきたらうっとおしいし。水くらいなら仕入れるべきかもしれない。タオル・水だ。清潔さを保つもの。案外必要になってくるかもしれないしな。どこにでも手に入るようなものだから、私からわざわざ買うときは一刻も早くそれを手に入れたいときだ。値段はほとんどぼったくりレベルに設定しよう。
 食べ物が駄目なら、あとは装飾品や、記念になるものか。北アメリカを横断するレース……。とにかくアメリカっぽいものを揃えてみようか。少し調べる必要があるな……。面倒だが、物珍しいものならそれなりに人の興味を引くだろう。価格はぎょっとしない程度に高めかな……。メインの売り物はこれでいったほうがいいだろう。レース参加者らしき人物を見かけたら声をかけていくことにしよう。あとは店構えだが……。主催者であるスティール氏あたりに店を出す許可を貰うことが必要かもしれないな。そのときにスペースが配分されるかもしれないし、忙しい彼らにそんな暇はないかもしれない。移動できるようにしておいたほうが無難か。座ったままのほうが楽なんだがな……。台の手配も面倒だし、ひとまずその考えで行こう。
 よし、一通りの考えはまとまった。あとは今の私の資金でどれだけの商品を仕入れることができるかだ。そうだな、アメリカにまで渡る私自身の旅費をできるだけ少なくすることができればいい。だとしたら海路と陸路どちらがいいか、そこからだな。早速調べてみよう。これから忙しくなる。準備は充分に整えていかなければ……。



 この物語は私の物語だが、私が体験することになる長い旅は、私だけの旅ではない。
 あの長い旅路は、ある一人の男が居て初めて成り立つものであって……、というかそもそも、その長い旅のはじまりが、その男によってもたらされた物なのだ。
 彼に出会うその瞬間まで、私はただ『レース』に賭けていたのだ……。自分自身の成功を。
 しかし、私は『彼』に賭けることになった。このレースへよりも、ずっとずっと危険な賭けだった。決して彼に『希望』なんかを見出していたわけではないのに……、私は賭けたのだ。

「忘れられない旅になる」 そう言ったのが私だったか、彼だったか、曖昧だけれど。
 他のなにもかもが叶えられなくても、その言葉だけはきっと、叶えられただろう。
 それが私の『得た物』だ。


 

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