楽園偏愛録 | ナノ


▼ 06

「で、多分まだ生きているな」
「え……」
「血の跡が新しい。それに這って進んだ跡がまだ雪で隠れていない」
「……レース参加者と思う?」
「あたりに馬がいないから違うだろう。血の跡があるんだぞ? 雪原のなかでどうやって切り傷を負った?」
「……誰かと戦ったのか。遺体を巡って……。だとするとそれ、政府の刺客か。倒したのはジャイロとジョニィかな」
「今行けばまだ助けてやれるかも、な」
「……、貴方にしてはめずらしい判断だ」
「利用できる人間かもしれない。キト、俺の馬に乗れ。急ぐぞ」
「……OK」

 畳んだハンググライダーを横抱きにして、雨の降ったあの日みたいに、ディエゴの馬に乗せてもらう。ディエゴが後ろから、私を抱えるようにして手綱を握る。呼吸の音がすぐ近くで聞こえる。

「倒れている人間のところにある程度近づいたら、一旦君を馬から降ろす。俺が近づいていって何者かを確かめる。君も近づいていって平気そうだったら合図を送るから、呼んだら来いよ」
「うん」
「……倒れている奴に、もし意識があったらの話をする」
「……?」
「そいつに恩を売るには、どうしたらいいと思う?」
「助けなくちゃあいけない。……ただ助けるだけでは駄目だけれどな。こちら側はただの親切な都合のいい人間とも、非情な人間とも思われちゃあいけない。恩を返したいと思わせなければ」
「ああ。……少し君の力を借りることになるかも」
「……私の?」
「『演出』として、な。……ま、楽しみにしていろ」

 その言い方、絶対楽しいこと待ってないって……。
 私の目にも、倒れている誰かの姿が見えてきたところで、ディエゴは馬を止める。氷の上に足をつけるのは初めてだった。原住民のルート。確かに丸太が、湖のなかで凍っている。これの上なら、歩いても大丈夫なわけか……。
 視線の向こう側で、ディエゴが馬からおりて、こちらに合図を送ってきた。また、雪が降りはじめている。吹雪になるのかもしれない。あの倒れている人間がまだ生きていて、けれど死に掛けているっていうなら、とっとと手当てをして、マッキーノ・シティに連れて行ってやらないと、やばいだろうな。
 ハンググライダーを担いで、ディエゴの元まで駆け寄る。

「キト、こいつはマジェント。大統領の部下だ」
「じゃあやっぱり、ジャイロとジョニィと戦ったんだね」
「ああ。君に見えるかどうかはちょっとわからないが、今現在こいつはスタンド能力を発動している。防御のスタンドだ。これが発動されているかぎりこいつは死なない」
「……なるほど」

 黒い服を着た男だ。銃か何かで顔を撃たれている……。上から下に……? 片目はもう駄目だろうな。ディエゴは男……マジェントの怪我にとりあえず止血を施す。それから私にハンググライダーを開けと要求した。

「さて、キト。マジェントはどうやら何日もこの氷の上で置いてけぼりにされていたらしい。一刻も早くマッキーノ・シティに行って医者にきちんとした手当てをしてもらう必要があるだろう」
「……飛べっていうのか? その男を抱えて……?」
「できるか?」
「二人で飛ぶのは、不可能ではない。そうだな……。まずハンググライダーと身体とを固定するハーネスをその男につける。その上で男と私の体をロープで縛る。その男を背負うかたちで飛ぶことになるが、その体勢をとればハンドル操作もきくし、助走も着陸も行えるだろう。けどディエゴ、ここからマッキーノ・シティまで、ずうっと湖が続いているんだよ。氷の上で、私はどうやって飛べばいい?」
「ああ、そうだなまず、ハーネスは君がつけろ。その上でその男とロープで身体を結べ」
「……?」

 あたり一面、凍った湖しか続いていない。なのに飛べっていうのか、どうやって……。
 ……ああくそ、でも、できないなんて、絶対に言いたくない!
 とりあえず言われたとおりにハンググライダーを広げ、ハーネスをつける。スタンドを発動しているらしい男の身体は、人間とは思えないくらい硬かった。そういう能力なんだろうか? 腰にロープを巻いて、男の身体を自分の身体にくくりつける。男を地面に横たえ、中腰になったままディエゴを見上げる。彼は手袋をはずしていた。
 風が強い。吹き飛ばされていきそうだ。でも、風だけじゃあ飛べない。一人だったらできたかもしれないけれど、二人ぶんの体重は、どうやったって風だけじゃあ宙に浮かないんだよ。

「キト、最近な、恐竜たちを擬態させられることに気が付いたんだ」
「……ギタイ?」
「身体の色や形を変えて、周囲のものと同化するんだ。で、君は人間が恐竜化する際に、衣服などの身に着けているものまで一緒に恐竜化されることを知っているだろ?」
「うん」
「それらを応用する。……なぁキト、恐竜のなかに飛べるやつはいないんだ。居たとしてもモモンガみたいに、ただ木と木のあいだを跳躍できるだけで。恐竜のなかに『翼』を持つやつはいない……」

 ……ちょっとわかりかけてきたぞ、貴方のやりたいこと……。
 もしそれができるなら、このマジェントに対して、それは最高のパフォーマンスになるだろう。

「翼をもつ古代生物は確かにいるらしいんだが、そういうのは翼竜といって、厳密には恐竜とはことなるものだ。が、君は鳥を知っているだろう?」
「……そりゃあ」
「あれが恐竜から分岐進化したものだってのは聞いたことあるかい?」
「……初耳」
「これから君を恐竜化させる。その際、君の衣服はもちろん、君が装備しているハンググライダーもその恐竜化に巻き込む。擬態の応用で君の姿を『飛ぶことのできる恐竜』に変化させる。……、俺は今から君に擬態をさせるが……、君に要求するのは『進化』だ、キト」

 進化。
 私に、か。

「進化しろ、キト。君の背骨の一部を変形させて、それをハンググライダーの骨組みと同化させる。ハンググライダーの翼が、そのまま君の翼になる。覚悟はいいか?」
「OK ちょっと面白そうだ」

 こちらも手袋をはずす。手を、ディエゴに差し出す。彼はその手を握る。とたんに、彼が触れている部分から、どんどん自分の皮膚、あるいは中身も、変質していくのを感じる。かわいたかさぶたのように、皮膚が硬貨し、爪がするどく伸びる。骨格がかわる。どんどん人間じゃあなくなっていく。
 背中に奇妙な感覚がはしる。それまで自分がここまでだ、ここまでは自分だ、と認識していた範囲が、上へ、上へ、あがっていくのだ。
 ……翼……。
 感覚がうまれる。突然手がもう一本増えたみたいに。操れる部分が、増えたんだ。背中に、ふたつ。
 まっすぐだったハンググライダーの翼が真ん中で裂け、こうもりのような、二枚の翼に変容する。その翼の枠組みが、自分の骨で出来ている、と感覚でわかる。
 恐竜の感覚。
 恐ろしくするどい感覚だ。わずかでも動いたものは、全部目で追える、いやそれだけじゃあない。その動体視力に、きちんと身体がついていく。
 ディエゴが手を離す。
 試しに一度、翼を動かす。背骨を意図的に動かすなんていう、奇妙な感覚、ふつう絶対味わえないよな。
 ばさり。辺りの雪が舞い上がる。二人ぶんの体重を支えるのに充分な、大きな翼だ。離陸時の翼の動きに巻き込まれないようにか、ディエゴは数歩後ろに下がる。
 目が合う。できるか、飛べるか、と、貴方はきっとそう聞いている。
 ひとつ、頷いた。マッキーノ・シティの方向も、完璧にわかる。風の流れを肌で感じる。どういう風に飛んだら一番効率がいいのか、感覚で理解できる……!
 もう一度、翼を動かす。
 ひとりの死にかけの男を連れて、私ははじめて自分の翼で、空へ向かった。




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