楽園偏愛録 | ナノ


▼ 05

「君は、なにか目的を作るべきだな」

 現在地、と言って地図につけられた印は、ちょうど北緯45度の線の上にある。寒さが本格的に厳しくなってくるラインだ。植生も変わってくる。風や、雪を防いでくれそうな樹木がほとんどない。ただの雪原の上、冷たい風を全身にうけることになる。私たちは地面を掘って、直接風をあびないようにしていた。時間帯に関係なく、吹雪が止み次第出発するとディエゴは言った。それまで体力を温存しておけ、ということだ。特に私はただ進むだけではなく、飛び立つための高台を探しながら移動しなければならない。スタミナは重要だ。
 自分の身体をできるだけ丸めて、空気に触れている面積を狭くする。暖をとるために火をつけたかったけれど、燃やすものがなにもない。

「……目的?」

 風の音がうるさくて、ディエゴの声がよく聞こえなかった。わずかに彼のほうに身を寄せ、続きの言葉を待つ。

「はじめは金のためだっただろう。マンハッタンにたどりついたら、俺が君に金を渡すという契約をした。今、君には君だけの明確な目的がない」
「……貴方についていくってのじゃあ駄目なのか?」
「駄目だな。今現在達成されてるじゃあないか」
「……ん、そうか」
「現状に満足していては、それ以上先に進めなくなる。何故君は俺についてきたいと思うんだ? 俺と旅をして、君は最終的になにを得たいんだ?」

 最終的に……。
 そう、だよな。今……ほんとうに今のこと。ただ、ディエゴについていくこと……。それしか考えていなかった。カンザスで別れたまま、なんてのが良かったとは絶対に思わないが、そのために私は契約書を破棄した。明確な目的であった契約書を。
 私は、この旅を終えたとき、なにをするつもりなんだろう。

 ……故郷を探したいと思っていた。そのために金が必要だった。けれど私は、金を得る機会を自ら葬った。ジャイロとジョニィから2万ドル受け取っているが、あんなのは計算外の収入だった。
 何故、故郷を探したいのか。
 川に落ちて、両親の記憶をひとつ、思い出したとき、その理由が不明瞭になってしまった。
 自分の『価値』を、私は得たいのだ。そのためには、故郷を探すしかないと思っていた。あそこにあった文明の『価値』を、世界中の人間に認めさせること。私がただの孤児じゃあないってこと……それを知らしめるために。
 『価値』なんて、どこにあるんだろう。
 ディエゴは自分を誇っている。まったく真っ直ぐに、ぶれることなく、彼のあり方はそういうものだ。
 それは……どうして、なんだ?
 どうしたら、貴方みたいになれるんだろう。





 空も、地面も、なにもかも、白い。
 ゴーグルについた雪を取り払う。視界が悪い。砂漠のときは、太陽光を鏡に反射させて、ディエゴが合図をくれたけれど、この雪原でそれはできない。太陽は隠れてしまっている。自力でなんとか見つけるしかない。なにもかも。はあっているはずだ。とにかく北に、向かう。右にはミシガン湖がある。水面は凍っているように見える。氷の上にも雪が積もって、どこからどこまでが陸で、どこからどこまでが湖なのか、その境界がわからない。
 鳥は、なにを指標にして飛んでいるんだろう。迷わずに、まっすぐに、目的地にたどりつくには、どうしたらいいんだろう。
 この、白い世界の中の、いったいなにを。
 雪の止んでいる場所を探す。風なんか吹いていたっていい。雪が邪魔なんだ。前が見えない。地面が見えない。地上との距離が離れすぎているからだ。もっと降下しないといけない。鳥なら、降下してももう一度上昇できる。自分で羽ばたくから……。私にそれはできないけれど、今は強い風が吹いている。雪が降っているなら、これは上昇気流ってことでいいんだろうか。横風っぽいけれども……。まぁいい、下降する。
 高度を下げていくと、もやが晴れたように、視界がひろがる。湖に氷が張っている。どのくらいの厚さがあるんだろう。
そのまま湖の上を飛ぶ。線を探すんだ。湖の中に……。
 目を凝らす。よく見えない。もっと水面に近づく。

 ……あった。あれだ。

 見つけた。旋回する。ディエゴは湖のほとりにいるはずだ。でも、このままじゃあ高度が足りない。気流に乗って上昇する。飛んでいくと、馬の姿が見えた。シルバー・バレットか? 肩にしがみついている小さな恐竜が、頷くようにひとつ鳴いた。
 雪原に降り立つ。吹雪の中を耐え忍び、やっとここまで来れた。マキナック海峡……。ヒューロン湖とミシガン湖の境目。ここを越えれば、シックススステージのゴールであるマッキーノ・シティにたどりつける。
 小さな恐竜が、ディエゴのところまで引っ張っていってくれた。陸ではこいつは、かなり役に立つ。

「ディエゴ!」
「うるさいぞ。まずハンググライダーを畳め」
「ん……。そうだね」

 このあたりには高台はない。マキナック海峡の最狭部は、地図によると約8キロメートルだ。歩いてでも行けるだろう。温度計で辺りの気温を測る。氷の厚さは、人間一人がそこを渡るくらいなら充分なくらい厚そうだ。私には問題ない。けれど馬に乗って渡るディエゴは違う。だから私は彼に『原住民のルート』を探せと言われた。水面に丸太を並べて、氷の厚さが充分でなくてもそこを渡れるようになっているところだ。空からなら、それは見つけやすかった。茶色い線のようなものが、海峡を横切っていたのだ。

「『原住民のルート』はここから少し北に行ったところにあった。他のレース参加者がそこを通ったそうな跡も見たよ」
「わかった。その前に、君の肩に乗ってる恐竜を一旦こっちに寄越せ」
「いいけど」

 元ウサギの恐竜を差し出す。ディエゴはそれにちょっと触れてから、わずかに眉を顰める。

「君が見たのは『原住民のルート』だけか?」
「そうだけど」
「肩に乗っていた恐竜の目が、人の姿のようなものを見ているな。君は見なかったか」
「……人の姿?」
「ああ。『原住民のルート』上だ。誰か倒れている。這って進んだような跡があるな。この海峡を何キロか渡った地点だ」
「んなもん見えるわけないだろ」
「……そうだったな。君は人間だった」
「恐竜に慣れすぎだよ、もう……」

 ……にしても、人の姿、か。馬の姿も同時に見えたなら、それはレース参加者で間違いないだろうけれど……。倒れているってことは死んでるのかな。この寒さにやられたか……。吹雪の中、無茶して進もうとしたのかもな。マッキーノ・シティを目の前にして、焦ったのかも……。私もそうならないように気をつけよう。




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