楽園偏愛録 | ナノ


▼ 04

 ミルウォーキーの街を小さな恐竜がうろついていた。よく知っているウサギの恐竜よりも小さなやつだ。ネズミとかを恐竜化させたやつだろうか。街灯の下に立っていた私を見つけると、鳴き声をあげて踵をかえしていった。ディエゴに報告にいったんだろう。
 ジャイロとジョニィと接触したことにより、なんだかよくわからないが大金を手にした私は、その夜に賭場でさらに稼ごうと思ったのだけれど、賭場では夕方に銃撃戦が繰り広げられていたらしく、封鎖されていた。一番でかい賭場だったのに。多分ジョニィとジャイロが政府の刺客と争っていたんだろう。その場に居合わせた人間に聞いてみると、ジョニィとジャイロはなんとか勝ったらしい。少なくともまだ生きているし、レースも遺体集めも続けるだろう。現状はなにも変わっていない、か……。
 それから二日ほど、小さな賭場を渡り歩いて、所持金を地道に増やしていっているところだった。あんまり儲けすぎてディーラーに目を付けられるのも避けたかったし、この街でこれ以上金を稼ぐのは無理かな、と思っていたところだった。
 小さな恐竜が消えてからしばらくして、馬を引いたディエゴが姿を現す。

「君はもうちょっと落ち着きのある行動を心がけたほうがいいんじゃないか? せめて俺に一言告げてからシカゴを発てばよかっただろう」
「置手紙を残した」
「……恐竜は連れて行け。君の居る場所がわからなくなる」
「……それはごめん。部屋の鍵をどうやって貴方に渡すかで、恐竜に持たせておくくらいしか思いつかなかった」
「……どこにホテルをとった? 案内しろ」

 ディエゴの前を歩く。ジャイロとジョニィに会ったことを話したかった。ディエゴは次の遺体がどこにあるかを知っているはず。それはこの近くなのか? だとしたらジャイロとジョニィは、すでにその死体を手に入れているのか? 何故彼らは、すぐに使わなければならない大金を持っていたのか?
 遺体。
 私の知らないところで、なにかが起こっていて……。そのことについてはディエゴを通してしか、ほとんど知りようがない。そもそも遺体とは、誰の遺体なのだろう。
 ディエゴは私と同じホテルをとる。部屋に来いと言われたのでそうする。なるほど、移動は楽だな。同じ所に泊まっていると。なにかあったときも、すぐに合流できる……。金をかけるだけの価値というか、まぁ、あるもんだな。

「シカゴの郊外で大統領の部下に会ってきた。ジャイロとジョニィは確かに刺客との戦いに勝利したのか? 俺は奴らは遺体をすべて奪われたって聞いてるんだけどな」
「ああ。11人の男が賭場に来て、ジャイロとジョニィを襲撃したらしい。その場に居た無関係の人間が何人かジャイロに金で雇われたらしく、その刺客を倒すのに加勢したんだそうだ。ここからはよくわからない話ではあるのだけれど、戦いに勝利してから、ジョニィの方がどうやらその刺客のうち生き残った一人と取引をしてたみたいなんだ」
「取引? どういうことだ」
「うん、これも妙なんだけど……。ジョニィと思わしき人間が、『何か』を、飲みかけのワインボトルと交換してたって……。私が直接見たわけじゃあない。これはただの目撃情報だ。けれど……どういうことだと思う?」
「わからないが、その『何か』ってのは遺体だろうな。なにか事情があって、ジョニィは遺体を手放さなくちゃあいけなかった……。まぁ、俺はその事情に興味はない。今、ほとんどの遺体は大統領のところに集まっているってことで間違いはなさそうだし、それがわかれば充分だ」
「ああ……」

 大統領のもとに集まる遺体……。
 貴方は、それをどうする気だ。ぶん取るのか。力ずくで……。
 そうしたとき、いったいなにが起こるんだ? 遺体によってもたらされるものって、いったい……。

「ところで君は、かなり大金を手に入れたんだろう?」
「ん、そうそう。ジャイロとジョニィのおかげでね。賭場でちょっとだけ増やしてきた。今2万5千ドルくらい」
「それで馬を買う気はないのか? これからどんどん北上する。それにともなって気温も下がる。ハンググライダーだけでこのステージを越えるのは難しいんじゃないか?」
「ん……そうだな。それもちょっと考えたよ。まさかこんなにお金が手に入るなんて思ってなかったけど……。でも、私ひとりで馬に乗ったことってないんだよね。どうだい、イギリスの天才ジョッキーさんから見て。そんな素人が馬で雪原を越えられるかな?」
「……俺がついていればなんとかなる……と言いたいが、無理だな。つきっきりで君の面倒を見る気はない。やはり慣れた乗り物が一番いい。となると、君の場合はどうやってもハンググライダーになるわけか」
「そうだね。いっておくけれど、汽車に乗ってマッキーノ・シティまで、なんて意見はナシだよ。私はただこのレースを追いたいんじゃあなく、貴方と居たいんだから」
「…………そうか……。君は凍傷で指の一本や二本切り落とすような事態になりかねないから、できれば馬を薦めたかったんだけどな」

 話は終わりだ、と言って、ディエゴは私を部屋から追い払う。明日はいつもどおり、早朝に出発する。せっかくのふかふかベッドで、ちょっとでも多く眠っておこう。
 寒さ、か……。自然が作り出すおおいなるものに、人間はどうしても負けてしまいがちだ。でも、なにがなんでもディエゴについていくって、もう決めた。だから、平気だ。なんなら、服の中に恐竜でもひそませて飛ぼうか。恐竜化したディエゴに触れたときにも思ったけれど、案外あったかいんだよな、恐竜って。
 ホテルの廊下に出る。小さな恐竜が、いつものようについてくる。廊下は冷え冷えとしていた。自分の部屋に戻ったら、まずはじめにストーブを焚こうと思った。



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