楽園偏愛録 | ナノ


▼ 03

 たとえば……、あの札束。ヤバイ連中から盗んできたもので、早く使ってしまわないと足がつくとか。あるいは偽札なのかもな。そにかく彼らは手元からその札をなくしたいわけだ……。それもただ道端に捨てるとかじゃあなく、ちゃんと買い物をして……。
 ……それにしたってどうにもへんなかんじはするけどね。
 まぁ、金がもらえればなんでもいいんだけど……。

「……あー、ところで、この胃薬は一粒だけ飲んでもモチロン利くんだが、飲めば飲むだけ利くって代物でね。二粒だけでいいのかい?」
「! ……イイぜ、ジョニィはともかく俺は食べすぎたもんなァ……。あるだけくれ」
「2万ドルになります」
「OK ヘイ、ジョニィ。お前何粒飲む?」
「一粒でいいよ。それよりも、そこの薬売りに、ここらへんで馬の装飾品を売っているようなところがないか聞きたいな」
「俺19粒飲むの……?」
「……向こうに赤い旗の立ってる店が見えるだろ。金やら銀やらで馬の飾りつけをしてくれるらしい。蹄鉄なんかも取り扱っているらしいが、レース向けの馬具はあまり取り扱っていないな」
「おっ、サンキューお嬢ちゃん。ジョニィ、行こうぜ」

 札束を私におしつけて、金を使って気分がよくなったのか足取り軽くジャイロは私の指差した店のほうに歩いていく。なんだかよくわからないけど儲けた。かなり不可解だけど儲けた。……ヤバイ金ではないよな? 私が持ってても大丈夫だよな?

「……ぼくたちがレース参加者って知ってるのか?」

 ……ジャイロの背中が遠くなっていくのに、ジョニィはその場から動かないで、ちらりとこちらを見ながら聞く。……余計なこと言っちゃったな。

「新聞を読まないわけじゃあないから。貴方たちの顔くらい、アメリカ国民みんな知っているんじゃあないのか」
「でもそれをあえて言わなかったな。知っているのに、あえて伏せて、ぼくらと初対面のような演技をした」
「……」
「君が政府の刺客か。馬に乗ってぼくたちを追いかけていた? 他の10人はどうした?」
「……他の10人……?」

 ……てことは今現在、ジョニィとジャイロは11人の刺客に追われている最中なのか? だから急いで金を使いたがっている? いや、金と刺客は関係ないのかも……。でも、私が政府の刺客だって思われるのはまずいな。ディエゴが大統領と取引をしている以上、間違いとも言い切れないのが面倒だ。遺体のことも知っている。言い逃れできるのか……?
 ……ディエゴの同行者とバレるの、政府の刺客と思われるの、どっちがマズイんだ……?

「……私は訳あってこのSBRレースを追っている者だ。旅先で金が無くなったので、観光客や金持ちを相手に商売をしていた。……貴方たちに売った胃薬はただの栄養剤で、つまり私がしてることは詐欺なんだけど……。それがバレたときに、私が誰なのかということは知られていない方がいい。このレースを追っているということも。だから貴方たちを知らないような振る舞いをした。……政府の刺客がなんなのかはわからないな。誤解を招いたようで悪いが」
「……」
「……」

 ジャイロは、完全に騙されてくれたように見えた。もう次の店の中に入っていって、あたりに姿はない。ここにはジョニィしかいない。ジョニィからなら逃げられるか? 彼は足が動かない……。けど、彼にはスタンド能力がある。その射程距離はどのくらいだ? ジャイロとジョニィは音を攻撃手段として使用するサンドマンにも勝ってる……。だったら無理だ、私では……。
 ……。

「……貴方の言う、刺客っていう連中は、馬で貴方たちを追っているのか?」
「……君もここまで馬で来たんだろう?」
「いや、ハンググライダーという滑空道具を使ってきた。ホテルに戻ればそれを見せられる」
「……わかった。君はぼくたちを追っている連中ではないみたいだ。そういえばまだ奴らの足跡も、この街では見かけていないし」
「……」
「馬に乗った11人の集団にぼくたちのことを聞かれても、知らないふりをしてくれ。さっきジャイロが支払った2万ドル。君の商売が詐欺とわかって、本当はこちらに返してもらいたいところだけれど、口止め料としてそのまま持っていていい」
「……2万ドルも?」
「ただの栄養剤を見て、ジャイロが胃薬ではないと気がつかないはずがないんだ。ワケあってぼくらは金を使いきりたいから、ジャイロはさっき君に騙されたふりをした。きちんとした売買にはならないから今ごろ木の根になりかけてる。君はいくらで口止めされてくれるんだ?」

 ……なるほど。木の根とかはわからないが、金を使いたいのはわかった。

「……少なくとも2万ドルは欲しいね」
「交渉成立だな」

 そう言ってジョニィは、車椅子を滑らせてジャイロの入っていった店に向かう。
 ……危なかった、な。ちょっとだけ……。
 レース参加者には、うかつに接触しないほうがいいな。今度車椅子の跡を見かけたら、絶対に近づかないようにしよう。
 風が強くなってきた。ミルウォーキーの気候は知らないが、夜にはどのくらい冷えるんだろう。ジャイロとジョニィは今日中にこの街を発つだろうか? 彼らにどういう事情があったのかは知らないが、おかげでこっちは大金を手に入れることができた。彼らも散財が目的だったようだし……。いったいなにに巻き込まれていたんだろう? ディエゴに聞けばわかるかな……。
 ……ジャイロとジョニィは、新たな遺体を手に入れたんだろうか。手に入れたことで、彼らはなにか変わったのか? 遺体には特別な力があるのか? それはどんなものなんだ?
 できれば、聞いてみたかったな。
 命を懸ける意味が、あるようなものなのかと。



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