楽園偏愛録 | ナノ


▼ 02

 吐く息が白い。少し眠っている間に、ずいぶんと雪が降り積もったみたいだ。
 木のかげから出て、あたりの様子を窺う。今私は山の上にいる。誰のものかも知れない山の上。昨日の夜はわからなかったけれど、ミルウォーキーまでもうすぐじゃあないか。無理してでも飛んでおけばよかった。
 ディエゴの部屋でシャワーを借りたあと、私は彼に置手紙を書いた。部屋の鍵は閉めたあと、小さな恐竜にあずけておいた。ディエゴが部屋に戻ったときに渡してくれるだろう。そしてすぐにシカゴを発った。ディエゴより2〜3日は早く、ミルオォーキーに着いておきたい。稼ぐならどこか一箇所に腰をすえてやろう。シカゴでそうするのもいいが、彼を追いかけるよりは、彼を待つかたちになったほうがいい。まぁ、シカゴでもちょっと観光客ひっかけたけどね……。
 案外山が連なっていて、飛びやすいといえば飛びやすい。ただしすっごく寒い。ハンググライダーのコントロールバーは金属そのままなので、寒いところで握っていると凍傷になりかねない。布を巻いてなんとかしているけれど、頬にはりつく雪が、どんどん体温を奪っていく。馬と一緒だったら、自分の馬と体温をわけあえるが……。私はひとりだからな。ハンググライダーは、ちっともあったかくないし。

 シカゴとおんなじで、ミルウォーキーもビルがたくさん立ち並んでいた。木造ではなく、鉄骨だ。シカゴと違うのは、建設中の建物が多いってところかな。路面電車まで走ってるよ。一番人が降りる駅はどこだ? そこで商売をするか? いやまず、なにを売るかだな。というかどういう人がいっぱいいるんだろう。レースを見に来ている観光客はほとんどいないだろうな……。
 ……金持ちが行く場所ってのは、どこなんだろうな。それを考えるか。
 手持ちの金の半分くらいを使って、ホテルに部屋をとる。シャワーついてるし、シーツきれいだし、部屋も小奇麗だし、ここならディエゴも文句言わないよな? ってところ。ストーブがおいてあって、つけるとすぐに部屋があたたまる。ハンググライダーや荷物を置いて、多少身なりを整える。
 いつものとおりに、やろう。お得意の仕入先とかは、ここにないけれど……。まぁ、なんとかしてやるさ。



 寒いってのは、いいことじゃあないな。何時間も同じ場所に立っていると、防寒きちんとしてきたはずなのに、身体ががくがく震えてくる。雪が降ってるのもよくない。温かいところで育ってきたわけじゃあないが……。だってこの寒さは、路地裏の寒さに似ている。誰も居ない。風だけが通り過ぎていく、あの冷たさに。
 ところでひとつ、気になることがある。
 今私は、この街で一番高級なレストランの出入り口の前に立っている。雪はまだ降り始めで、ちょっとくらい前についた人の足跡くらいなら、残っている。レストランに入っていく足跡のなかに、足跡じゃあないものが混じっているのだ。
 車椅子が通ったあと。出て行ったほうの跡はない。車椅子の主は今まだこのレストランの中で食事をしている。
 おかしなことではない。金持ちの老人が高級レストランで食事。とかね。
 けれど、この跡、車椅子の跡はあるけれど……。その跡に続く足跡がないのだ。その車椅子を押して歩いた人間の足跡が。もうひとつの足跡は、車椅子の横に並ぶようについている。
 金持ちの老人が、自分で車椅子を押すか……?
 確かジョニィ・ジョースターは足が動かなかったはずだ。ジョニィとジャイロはディエゴより何日分か先行していて、このミルウォーキーに居てもおかしくない……。そして足が動かないのにこのレースに参加できるような根性をもった人間は、自分で車椅子を動かすだろう……。自分の脚みたいに、手馴れた様子で……。私はディエゴみたいに、足跡で誰かなんてわからないが、そのくらいなら考えは及ぶ……。
 ……まずい、のかな。彼らに私の顔は知られていない。ディエゴとのつながりを疑われそうな恐竜は、シカゴに残してきた。なにも問題はない……。今の私はただの……。
 からん、とベルの音が鳴る。レストランの中から人が出てくる。二人の男。うち一人は車椅子に乗っている。ジャイロとジョニィだ。どうする? 彼らにもふっかけるか?

「どうする、ジャイロ、全然金が減らないぞ」
「あー、うっ、待てジョニィ、俺、食べすぎて……」

 ジョニィが車椅子をすいすい動かしてジャイロの先を行く。ジャイロのほうは言っているとおりレストランで食べ過ぎたのか、腹をかかえてよたよたとそのあとに続こうとする。酒のにおいがするな。ワインか? この店のワインは高かったはずだぞ。それにさっきのジョニィの言葉。金が減らない? 冗談ではなく本当にそれで困っているような、焦った様子だ。どうしたんだ?

「お兄さんがた。そう、そこの車椅子の人と、ヘンな帽子の人」
「……変な帽子? ジョニィ、そんな奴いるか? 俺には見えないな」
「ああうん、よく見たら特に変でもなかった。許して欲しい。あんたたちこのレストランで食事をしてきたんだろ? ここは美味いけど味がくどくて、胃にクるって評判なんだ。私は薬売りでね。食いすぎによく利く薬をここで売ったりしてる。お店にはもちろん内緒だけど」
「……ジャイロ、ぼくたちは急がないと」
「いや、待て、ジョニィ。俺の腹は確かにヤバイし、利く薬があるならいくら出してでも買いたい」
「……なるほど、じゃあぼくも貰おうかな」
「お嬢さん、いくらで売ってくれる?」

 お嬢さんって歳でもないんだが。
 いや、それより、今の彼らのやりとりが気になるな。ジョニィのほうはまだ元気っていうか、薬が必要な様子ではない。このただの栄養剤を、本当に胃薬かと疑う様子もない。なんなんだ? さっきからまるで、お金を使ってしまいたいみたい。守銭的な様子がまったくない……。不可解だ。

「一粒、……1000ドル」

 なんてね、とすぐに付け足すつもりだった。その値段に対する彼らの反応を見て、もうちょっと安い値段で提供するつもりだった。けれど彼らは一瞬互いに目を合わせ、頷いたようにみえた。なんだ。

「買うぜ、それ」

 ジャイロが札束を取り出し、それを数えようとする。いっぱいお金持ってるんだな……。全部新札だ。最近どこかで仕入れたのか。でも、どうしてそれを使いたがるんだ?
 ……そうしなければならない理由でも……?



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