▼ 09
「……まだ、眠らないの?」
赤い火が燃えている。
焚き火をかこんで、ぽつりぽつりと、会話を続ける。
私は、この時間が好き、なのかな……。
自分のことは、よくわからない。でももしそうだったら、私今、きっとご機嫌だな。
「そうだな。もうちょっと起きている。君は?」
「まだ眠くない……」
「ふぅん?」
「……ね、サンドマンとはなにか話をしたの?」
「……少しな。どうやってジャイロとジョニィを追い詰めるか、俺の恐竜が使えそうだったから、何匹くらい必要なのかとか……」
「……私、まさか彼が大統領と繋がっているとは思ってなかったな。直接会って、話したことなかったけど……」
「ああ、そうだな。だから俺も、大統領が部下だと言って奴を紹介したときに、ちょっとだけ驚いた」
「彼は、はじめっから大統領の部下だったのか?」
「……いや、違うな。レースの途中、どこかで……大統領に取引を持ちかけたようだ」
「貴方みたいに?」
「ああ。奴の望みは、自分たちの部族が守る土地を、白人から買い取ること、らしい」
「そういう話もしたんだ」
「……ちょっとだけな。俺の最終的な目的を邪魔する存在だったら、厄介だし、確かめておきたかったから」
「うん」
眠たそう。
恐竜って、一日どれくらい眠るんだろう。どうやって寝るんだろう。身体を丸めて? ディエゴ、さすがに寝るときは人間の姿だけど、スタンド能力とはいえ、この人は恐竜で……。それってすごいよな。恐竜。何百万年も、人間が誕生するよりずっと昔に、この地球に居て……。どうして滅んだんだろう? 氷河期がきたから? 隕石がおちてきたから? 今は防寒具とかしっかりしてるし、隕石も落ちないよね……。なら、ディエゴは死なない……のかな。滅びないのかな……。
自分が死ぬときは、どんなんだろうって、考えたことは、なかったけど。人間いつまでも生きていられるもんじゃあないもんな……。
大事なことを……大事に、していかないと……。
「キト、寝るならそこをどけ。焚き火を消すから」
「貴方のほうが眠たいんじゃあないの?」
「……俺が起きている間は眠れないか?」
「……、」
……ああ、そっか。私いっつも、そう、だったもんな……。
貴方よりあとに寝て、貴方より先に起きる……。
貴方を信用できていなかったときの、私。
今は、貴方が、私を信用していないんだよね、母親の、仇……。
……命令、すればいいのにな。さっさと寝ろって。そしたら、従うのに。
「寝る」
「そうか」
「貴方は?」
「俺も寝るよ」
「そっか」
「ああ」
「……明日」
「……」
「……なんでもない」
「……そうか」
「うん」
「おやすみ」
「……うん、おやすみなさい」
たぶんね。
ありがとうって、言いたいんだ。私は。そしたら貴方はなんのことだ、ってしかめっ面するだろうけど。私もなんのことかわかんないよ。ありがとう、だなんて、人に言いたいと思ったの、初めてだし……。
いつか、なんでなのか、わかるといいな。
腕を枕がわりにして、横になる。ディエゴが足で焚き火に土をかけ、火が消える。夜空に煙の白い筋がのぼっていく。
それを見つめながら、目を閉じる。
闇の中には、誰も居ない。でもどっかに、近くに、貴方はいるんだろうな。
信用できるか? なんてさ、もうそんなんじゃあないんだよ。
信じてしまった。だから一緒に居たいと思うんだ。
いつも私は、夜が明けるときの肌寒さに、目を覚ます。朝露の気配を感じながら、身を起こす。けれど何故か目を覚ましたとき、すでに火が焚かれていた。だからちっとも寒くなくて、ああなんだかぐっすり寝たな、って思った。
……よかった。私、ディエゴより先に起きなかった。
もう、いいんだな。芯から、この人のこと、信用しても、いいと思っているんだな。
あたりに人の気配はなかった。小さな恐竜が火を見張っている。あれは私のウサギか。ディエゴはどこに行ったんだろう。
川の水で顔を洗う。私は恐竜じゃあないからな。気配なんてわからない。シルバー・バレットは焚き木から少し離れたところでおとなしくしている。散歩か? ディエゴ。ていうか今いったい何時くらいなんだろう。空を見上げると、太陽が真上にさしかかっていた。
……寝過ごしたよな、完璧に。
朝起きてたら、少しでも進めたかもしれないのに……。起こしてくれてよかったのに。なんなんだ? 気を使われたのか? ディエゴに? ……。
ま、いいか。できることをしよう。
昨日のうちに仕掛けておいた罠を、川底から引き上げる。枝を組み編んで作った簡単な罠で、魚が引っかかってくれてたらいいなってところだった。名前なんてまったくわからないが、小ぶりな魚が数匹かかっていた。食べれるかどうかはディエゴが教えてくれる。恐竜の感覚は本当に便利だ。枝かなんかに刺して焼こう。丁度火もあるし。ディエゴはもう朝ごはん食べたよな。ていうか本当どこに行ったんだ?
「起きていたか」
「ん、おはよう。ねぇこれとこれ食べれる?」
「ああ。でもそっちの緑っぽい方はマズいぞ」
「食べれればいいよ」
「アドバイスしがいのない奴だな」
魚が焼けたころに、ディエゴはやっと顔を出した。肩に小さな恐竜が何匹か乗っている。それぞれぴょんぴょんと地面に降りて、散り散りに草むらの中へ入っていく。
「なにかあったの?」
「ああ……。ちょっとな。今報告に来た恐竜からの情報しかないんで、別の恐竜を調べに向かわせているところではあるが……。サンドマンが負けた」
「…………」
「俺としてはまだなんの問題も無い。ジャイロとジョニィの足止めができただろうし」
「……ああ。……サンドマンは死んだのか」
「そうだ」
「……そっか」
ジョニィと、ジャイロ、それにサンドマン……。彼らもまた、殺す覚悟のある、人間……。
ディエゴ、カンザス付近でジャイロ・ジョニィと対決したときは、馬をつぶされたくらいで済んだけど……。
……今度は本当に殺されるかもしれないってことか。
みんな、覚悟を決めてる。
遺体のために……。
……遺体か。私にはまだ、馬鹿馬鹿しいものにしか思えないけど。
……。
「君が食事を終えたら出発だ」
「わかった。寝すぎててごめんね」
「いい」
「……」
そう言われると、反応に困るな。
私が貴方にできること、あんまりないのに……。貴方は私に、いいことしてくれなくても、いいのに。
元ウサギの恐竜をひっつかんで、鞄につめる。最後の焼き魚を飲み下す。確かにおいしくないな。それに小骨が多い。喉にささって痛い。
飛ぼうか。そう思って置いておいたハンググライダーに目をやると、丁度ディエゴがそれを担ぎ上げているところだった。なにしてんの、と言う暇もない。彼は馬を引いてさっさと歩いていってしまう。いつのまにか焚き火も消えている。
……一緒にいてもいいと、言われたわけじゃあない。ただこのレースの同行を許されただけで。
だから、うぬぼれないつもりでいた。
なのに、なぁ……。
「キト、置いていくぞ」
どうして貴方、この私に対して、そんなこと言えちゃうんだろ。
不思議でならないよ、ほんと。
ディエゴ・ブランドーという男に対して、私がしてやれることは、本当になにひとつなかった。それは最後までそうだったと思う。彼はいろいろなことを私に要求したけど、それは絶対に必要なことじゃあなかった。今思えば、私になにか役割をわざと与えてくれていただけなのかもしれない。彼に限って、そんなことはないと思うけど……。
なにか、してあげられれば、よかったと、いつも思う。
そのためには、私が強い人間であることが必要で……そうじゃないと彼の力になれなくて……。でもそのときの私は、本当にただのちっぽけな人間だったのだ。
今は、どうだろう。
強く、なれただろうか。
人を信じられるくらいに。優しくなれるくらいに。
その上で、生き抜けるように。
強く。
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